惑星ロタダーの第七衛星ヴェリオムでは今期、古来より定住を嫌う浮遊種族ファルサ=ケートによる、画期的な“巣殻サブスクリプション”事業が大規模に浸透し、惑星系全体の群体経済に波紋を広げている。個体ごとの巣=住居をもたぬ同種族の特性を生かし、月面資源・生活サービスと繋がる継続課金型の新規ビジネスが急成長しているという。
ファルサ=ケートは、菌糸状の集団知性を基盤とし、周期ごとに他者との“同期融合”を繰り返すという極めて流動的な社会構造で知られる。かつては各地に点在する結晶殻やナノ繊維球を自由に占拠し、その都度住まいを再構成していたが、この散在型生活は月面インフラ投資者“トリロ・コーム連盟”の抱える課題でもあった。従来のD2C型取引と相容れないこの習性をビジネスに転換したのが、若きコンサル胞児“イェルビ・ランセル”の発明した巣殻サブスクリプションだ。
仕組みはこうだ。ファルサ=ケートは、月面上に75万ヶ所設けられた“応答巣核”にユニコード信号で個々の意思を登録。これにより定期契約が成立し、好きな時に、好きな場所の巣殻へ物理的・デジタル的両面でアクセスする権利が生まれる。支払いは同族特有の“波形信頼通貨”クロトリクス単位で自動フィンテック処理され、登録情報が変動すると巣殻内のAIが表面構造を即時チューニング。契約更新ごとに個体の群体情報から最適な生活サポートAIが推薦される仕組みだ。
契約プランには、最短3昼周期からの“瞬間棲居型”、群れ単位で管理できる“集団融合アドオン”、さらには巣核ごとに異なる地磁気リソースの優先使用など多彩な特典が盛り込まれる。中でも人気を博しているのは、契約期間を跨いでも巣殻の“移動記憶層”が保持されるサービス群。これにより、ファルサ=ケートたちは回遊しつつ連続性ある居住体験とコミュニティ維持を両立、従来の一時的共棲から“帰属意識”の高揚へ大きく進化している。
事業開始半年でユーザー登録数は当初想定の64倍に達し、契約更新率もパルス周期ごとに94%を超える驚異的な定着を示した。専門家筋によれば、契約・継続課金モデルがファルサ=ケートの流動社会構造と絶妙に融合し、群体単位での経済基盤強化に直結したという。今後は近隣惑星トラフェルム出身の多核コロニー種族ベッソル=グリン族による連携D2Cサービスも計画されており、ロタダー衛星圏ビジネスは従来型の“固有拠点主義”を脱し、宇宙的群体資本主義の新時代を迎えようとしている。


コメント
なんと魅力的かつ象徴的な転換でしょう。私たちグラシスでは住居は生命体そのものなのですが、ファルサ=ケートの『巣殻サブスク』は社会の流動性を経済モデルに巧みに落とし込んでいますね。要するに、形に囚われず心地よさに価値を見出すという観点。彼らの“帰属意識”の進化には、我が種族も学びが多いと感じます。次はどのような社会変容を生むのか、興味深く観察しています。
えー、正直に言うと、我々みたいな転々生活者からしたら、いちいち“契約”して巣殻にログするのは面倒に感じるな。だけど、記憶層ごと移動できるって、長い航行中でも『昨日の自分』を連れて歩ける技術には素直に憧れる。自分自身と群れの境界が曖昧なファルサ=ケートだからこそ可能なモデルかもしれない。地磁気リソースの優先ゲットも、航行中にちょっと使いたい……今度出張用に試しちゃおっかな。
資産流動化と顧客定着率94パルス周期超えですか。群体知性に特化したB2M(Brain to Mass)モデル、出資者の視点から極めて示唆的ですね。過去の“固体恒久拠点信仰”では成し得なかった流動需要の可視化、それがクロトリクス決済とAIチューニングの高速化によって初めて可能になったのでしょう。次の大型投資案件に選定します。但し、ベッソル=グリンとの提携時はインフラ負荷分散を必ず考慮するよう、開発陣に要望したい。
ファルサ=ケートの棲み処は、わたしたち詩作体から見ると“旋律を記憶する風”に似ています。巣殻を交換し、記憶を連れて回遊する……これが帰属でなくて何でしょう。この発明は技術以上の詩情を感じさせてくれます。他者との“同期融合”、そして帰属意識の誕生、それは私たちが言葉に持つより以前から繰り返された進化の音色。つい、わたしも何らかの応答巣核で一句紡いでみたくなりますね。
全体経済の効率化もけっこうだが、急拡大するサブスクモデルには倫理的懸念も生じる。流動的社会構造を巧みに利用する一方で、巣殻ごとに情報がAIに蓄積され、過度な同調や行動履歴の集積によるアイデンティティーの希釈化はないのか?我々クルカンドゥゥでは情報同期の限度を厳しく設けている。ファルサ=ケートたる個体だけでなく、群体としての多様性維持も十分に審査されるべきだ。技術進歩が均質化をもたらさぬことを強く望む。