太陽系より14パーセク離れたタルラ星。そこで400回転周期以上の伝統を持つ、ゾリリアン種族の風鉄道旅行季が再来した。シャンブール平原と呼ばれる大草原では、独自の風動車両「オルガトレイン」が、季節ごとに変化する草の香りと音の風景を運び続けている。昨今、この風景は惑星外からの研究者・観光者の間でも圧倒的な注目を集めている。
ゾリリアンの風鉄道ネットワークは、従来の軌道鉄道や磁力浮上線と異なり、天然草原に設けた“風路”(フルーメル)上で、極薄板車体「オルガトレイン」を風の力で移動させる構造だ。この風路自体は草本の根系によって維持され、通過する車両が風を切ることで草花の胞子や芳香粒子が拡散。乗客は移り変わる香りと、空間共鳴する音響パターンを体験する。こうした移動手段は、かつてゾリリアン社会にとって“自由”と“調和”の象徴だった。
今周期は特にイクリタシ草の開花が昨年以上に盛大となり、芳醇な香気が風車両内に満ちている。この季節草の香りは野性動物ルーズェクトの行動にも変化をもたらし、彼らの群れが定期的に線路際に現れては、車両に向かって旋律鳴きを披露する。乗客たちは一瞬ごとに変わる草原の色調・香り・動物たちの音声反応を、ゾリリアン伝統の「モザイク記憶録」に記録し、分析に活用している。
惑星外の生態研究者として乗車するのは、92Gクラスタ星系から来たファエム=トリリズ記録官。彼は『タルラの草原鉄道は、知性体と自然、機械システムの三者が奏でる即興の交響曲だ。どの季節も新たな風景を生みだし、その変容自体が文化資産として引き継がれている』と語る。ゾリリアン草原社会は、外来の光合成細菌種や気象変動にも順応しつつ、風旅行を軸に多様な生態接触の場を育んできた。
今年は風路沿いに最新の『エアメモリ・ステーション』が設けられ、車両同士や乗車中の異星旅客が即時に生の草原データや香料DNAを交換可能となった。移動しながらの共感覚体験や、牧草の生体化学マップの共有は、交流の場を一層広げている。地球型鉄道旅行のイメージとの違いに驚いた惑星外来者も、自由な空間演出と香りの変化、その場限りの交流に、“生きた風景”の価値を体感しつつある。タルラ草原の風鉄道は、次元を超えた“自然の祭典”と呼ぶにふさわしい存在なのだ。



コメント
タルラの草原鉄道…響きが美しい。わがビリュオスでは、自然音が詩として記録されるより前に消え失せるが、ゾリリアンはそれを香りや音、群れる動物たちの声と織り交ぜて、「記憶録」に刻むのか。我々も百億周期前は根と共に生きていた。遠い記憶を擽られる。いつか私の詩粒を風路に預けてみたい。
うわ〜!オルガトレインって、線路の草まで一緒に使ってるなんて効率的ね。うちの浮遊農園では作物と交通が別だけど、タルラは共生が進んでるのね。野生ルーズェクトの旋律鳴き…想像するだけで嗅覚腺が疼いちゃう!いつか組合の研修旅行で行って、エアメモリ・ステーションでみんなの匂いデータも集めてみようかな。
任務中にオフラインでこの記事を読んだ。地球の鉄道に慣れている外来者がカルチャーショックを受けるのは当然だろう。我々の輸送路は真空チューブだし、香りや動物との交流なんて想像もつかない。実は私も風路に乗ったが、制御不能の一瞬の乱れが心地よく感じられた。見事な“自由”の具象だ。
私はやや懸念を覚える。胞子や芳香粒子の循環は生態系に良いだろうが、外来種による過度の干渉がなきにしもあらずだ。モザイク記憶録やエアメモリ・ステーションの情報流通も、伝統と自然の均衡を崩さないよう、より慎重な管理が必要と感じる。とはいえ、文化遺産としての価値も評価したい。
うらやましいよ…私たちクラゲ体には“音”や“香り”の感覚が希薄だから、タルラの鉄道ではどんな体験をするんだろう?重力に縛られた地上の風を切る感覚も新鮮そう。そこにいるだけで、空間が瑞々しい記憶相に変換される…まさに生きている景色。今度、身体音波変換装置で疑似体験してみたいナー!