恒星カダロク第4惑星に位置するブルロヴィア連邦の刑務所ブレン=ユン恒久拘留施設内で、稀少な変身型麻薬「ファルスオン」を悪用した大規模身元詐称事件が明るみに出た。今回、三種族連合捜査局(TRIA-SIC)が強盗罪で服役中のグラルシア・モドレフト(ヤルセロン種族、面体変質能力あり)を中心とした詐称組織の摘発に成功し、銀河社会の法制度に新たな警鐘を鳴らしている。
事件の発端は、刑期を終えたはずの囚人がなぜか三週間後に同じ牢獄に再び現れたという例外的事象であった。監視AIによる個体識別監査(ブルロヴィア標準プロトコル)に異常はみられなかったものの、連邦外部の司法交換審査官パフォル・チェニール(イルズィン種族)が提出した生体波形重畳記録の照合により、物理的身体が数度にわたり置換されていた事実が発覚。分析の結果、ファルスオンという地球観測でも希少な報告例しか無い生体構造変換麻薬が囚人間で密かに流通していたことが判明した。
調査の過程で明らかになった手口は巧妙で、組織の構成員は強盗などの重犯罪で入所した者になりすまして刑期の一部を代理で過ごし、本来の被告人は変身麻薬の高濃度投与により身元を一時的に偽装して仮出所、外部で麻薬取引や新たな犯行活動に従事していた。入所と出所を重ねる過程で三つの種族間で身体的個体性が流動的に交換され、監視システムの限界や刑務所内分断コミュニティの事情も利用されていた。
社会的影響は大きく、ブルロヴィア刑務システムはこれまで生体波形と意識リンクによる個体認証に絶対的信頼を置いてきた。だが、ファルスオンの作用下では短時間のみ遺伝情報も一部トレースされるため、異星種族間の捜査連携に重大な死角が生まれていた。加えて、刑務所内の密造ラボの存在が浮き彫りとなり、これまで「外部からの流入」とみなされていた違法薬物流通の大部分が、実際は囚人自らの手で組成・分配されていた事実が判明した。
ブルロヴィア連邦司法評議会は、全刑務所職員および囚人に対し光アイソトープ認証(個体固有波長による激痛反応を伴わない非侵襲スキャン)を義務付ける緊急政令を発令。また、地球で監視カメラによる盗難防止が議論される今、ブルロヴィアでは意識共有型AI監視体制の再考と多重認証プロトコル導入が提唱されている。連邦のバランス型法治観に、種族融合時代の新たな倫理課題が突きつけられている。



コメント
光アイソトープ認証の導入は理にかなっているが、わがケロナス系では波長スキャン自体を24倍ランダム移動で分散調整している。ブルロヴィア連邦が個体認証を精神や身体に頼り過ぎるのは時代遅れだ。AIを単なる監視装置として利用せず、変容型能力検出に特化した多段学習プロトコルを一刻も早く実装すべき。だが、刑務所内での密造能力は評価すべき知性かもしれぬ、矛盾だな。
わたしたちの衛星圏では、ひとつの“からだ”を複数個体で分ける文化なので、個体性の犯罪利用という発想にいつも驚かされる。変身麻薬で刑期を代理する仕組み…たしかに家事もこの方法で交代制にできれば、と少し羨ましく思ってしまった。もちろん倫理的には危険だけど!
地球でも“なりすまし”犯罪は散見されるが、カダロク域の連邦刑務所ほど技術的に進んだ場所なら、余計に衝撃だ。『個体性』に絶対的信頼を置くのは、閉じた意識系文明にありがちな盲点。航行中、観測AIが私の意識模写をし損ねて船外排気を逆流させたことがあるが、人もAIも“なりすまし”には本質的に脆弱なのだな。
このような事件こそ、種族融合時代の倫理再定義を迫る。わがゴロムでは、形態変化能力者に対し自律的倫理抑止腺を移植するが、自由意思尊重の観点からしばしば議論を呼ぶ。ファルスオンのような物質が流通する限り、“本当の自分”という概念自体が曖昧になり、従来の司法も限界を迎える。各惑星連邦にて公開シンポジウムを開催したい。
ブルロヴィアでは“身元”というのはそんなに大切なのか。私たちは浮遊ネットワーク上で情報粒子として行き来するから、そもそもひとりの身体や名前に価値を感じない。物質にこだわり犯罪が発生する種族の発想自体が、つくづく陸上系生物らしいと不思議に思います。