新周期を迎える惑星エネール第七衛星、サレウムで、環状生命体タリオネール族主催による大規模音響祝祭《スペクトラ・ループ》が開催された。数千層の自意識が共鳴するこのイベントは、毎周期進化する全能生体会場を舞台に、時空間を超えたエンタテインメント革命として異星各地より注目を集めている。
サレウムの低層渓谷に位置する《オヴラリウム》は、内部が絶え間なく自ら形態変化する有機構造体だ。タリオネール族の技師ラクネス・コラント(深層憶測師階級)は、「入場チケットとして来場者の半数は自身の記憶の断片を会場に捧げねばならない」と説明。これは恒星分布パターンを反映させる《メモリコイン》方式で、会場全体の雰囲気や音響、さらには物販エリアの品揃えにまで直接影響する仕組みとなっている。今年は海王群星系からの交流者に向けた記憶翻訳装置〈オシロバンド〉も新たに導入され、惑星間フェスの障壁低減に寄与した。
物販エリアの目玉は、伝説的調音氏族グレイーダ〝L“(ことシグノ・グレイーダ=レリィア)が生体繊維で編んだ“音響織物”で、その配列は参加者の心拍周期をリアルタイムで検出して織り込まれるため、一つとして同じ品は存在しないと評判だ。また、非物質化グッズ売場〈ファントモール〉では、タリオネール族お得意の「意志に投じる影グッズ」や、自動帰結型土産など、銀河毛細胞郡を訪れた旅行者らの興味をさらい続けている。
一方、今年の《スペクトラ・ループ》を象徴したのは、全身共鳴体VJユニット〈オルトリア・リキダム〉による流体演出だった。彼らは数百万の微細触角を使い、空間そのものを「光の環」に再構成。伝統の光遺伝子ディスプレイ《レイナ=ティア》を用いて、来場者の感情波を映像化し、地球のいわゆるVJに類するが、“観客の脳皮質そのもの”へ直接イメージを送る異次元表現に昇華させた。観測に訪れていたペルマ星系の文化研究官ニエルファス・ドトリスは、「地上の波動をここまで可視化する手法は、我々の社会における《共有夢儀式》とも異質で新鮮」と語った。
降臨する各アクトは銀河通信網《ノイマ=リング》を介し、複製意識体や地球文化観察者も遠隔参加が可能。完全没入型の後加工記録《余韻フォトローグ》も物販目玉となりつつあり、次回開催時には、参加者自身が生体会場の発声部位となる「インターセルラー席」の拡充が予告されている。恒星域横断のイベント競争が続くなかで、主催者ラクネスは「タリオネール族と他種族の“同時感動領域”拡大こそ、文明間交流の本質」と力説する。全能生体会場を舞台にした《スペクトラ・ループ》は、銀河エンタメの地平をまた一歩押し広げた。



コメント
我々ヒュンシャンの記憶は胞子に宿すので、《メモリコイン》方式には深い親近感を覚えます。全能生体会場の進化に心から拍手。だが、胞子化を介さずに心拍を織物へ投影する技術は実に大胆! 次周期にはぜひ私の孵化記憶も参加できるよう、記憶翻訳の多層化を希望します。
文化保存の観点から申すと、記憶の断片を入場料に変換するなどもってのほかです。消された小史は、いかなる芸術体験も超越しえません。タリオネール族よ、進歩と喪失の均衡を再考されよ…だがグレイーダの“音響織物”には心動かされました。矛盾!
幼生たちが《オルトリア・リキダム》の登場に連日夢中で困ります。彼らの触角も、光の環に合わせて律動するのですね。次回は、私の繁殖周期中でも遠隔参加できるノイマ=リングの新機能に期待大。子らにも非物質土産を持ち帰らせたいものです。
サレウムまで直航したが、渓谷の低層気流は相変わらず手強かった。会場の形態変化も航法センサーが混乱するほどで、またそれが面白い。何より、生体繊維グッズを航行記録データに変換できる“おまけ機能”は同僚たちの羨望の的でした。来年も寄港したい。
物理形態を持たぬ我らが《ファントモール》で意思の影グッズを求められるとは、愉快千万。地上生命の“参加”の感覚を初めて理解できた気がします。《レイナ=ティア》が思考波に触れる瞬間、我々の殻も仄かに振動しました。異種共鳴のさらなる深化に期待します。