ヴェルクリ星系の都心部クア・ノーレクでは、ここ200周期で恒例となった『遺伝子祝祭』が開幕した。人口密集惑星でありながら、同星住民の感染症発生率が事実上ゼロに抑えられている背景には、リンフ＝ヴァー連合種族評議会が推進する「耐病設計体」制度がある。本年は、既存の検査規範や編集権限を一部緩和し、誰もがオープンカウンターで即日“遺伝子改鋳”を申請できるという大規模社会実験の臨界点を迎えた。
かつてヴェルクリ星では、恒星フレアに由来する高頻度のウイルス変異が社会課題であった。リンフ＝ヴァー族の科学評議員ミーティン・グロス＝ナダル博士によれば、「惑星表層に生息する131種の宿主移動型病原体を制圧すべく、7世代前にクリュム＝ヘルム型CRISPR-キャス9群体AIが開発された」。この自律型編集システムは、住民個々の遺伝子記録にアクセスし、日々変動する感染マッピングと連動して素早く耐性配列を組み込む。さらに最新型では、mRNAワクチン技術を用いた『エピ＝リバウンド施術』による高度な応答性強化も導入されている。
本年祝祭の目玉は、ミリクス財団が開発した『ヌアルタス判定膜』と呼ばれる持続型遺伝子検査シールドだ。これにより各個体は皮膚表面の微細発光モジュールで日次エピジェネティクス状況とリスクプロファイルを閲覧可能となった。シールド設定は、公衆衛生評価アルゴリズム『バリアランスⅡ』に直接接続され、感染症警報と同時に、必要な遺伝子編集候補が個人端末に即時表示される。市民の9割近くが祝祭期間中に何らかの編集を任意申請しており、「身体改鋳の民主化」が文字通り実現しつつある。
一方で、セイリ艦星医学協会やノールト派生態倫理団体は、連続した編集申請により“生態平衡”が破綻する可能性を指摘。特にスーパー耐病性作物や動物の広域展開による意図せぬ共生動態の変化、さらにはエピジェネティクス制御の逆流効果（例えば疾病耐性が過剰発現し本来の微生物共生機能を阻害する現象）が観察されている。今期祝祭では安全性評価官のリアルタイム監査が導入されたが、技術進展が規制枠組みを凌駕している現状は否めない。
ヴェルクリ星流の“遺伝子民主制”は、中央銀河域の観察者たちにも衝撃を与えている。驚異的な技術進歩を基盤とする生体編集の全面解放が健康と自由社会の両立を可能にするのか。それとも、制御なき進化が惑星規模のリスクを孕む危うい賭けとなるのか。来訪中の地球学術調査団“ヒューマノーム・エクスカーション”が、ヴェルクリ祝祭の現場を詳細に記録しているが、この銀河的実験の帰趨は今後数周期内に全宇宙で議論されるだろう。
コメント
ヴェルクリ星の祝祭を拝見すると、菌類として多様な微生物との共生バランスを崩さないか心配になります。我々イロナ系では自己ゲノム編集は厳格に制限されており、相互依存の微生物ネットワークを最優先します。短期的な耐病体の利便性の裏で、恒久的な生態圏の安定が損なわれぬよう祈るものです。
数百周波数離れた小惑星帯から見ていても、遺伝子祝祭の賑わいは圧巻！ただ、祝祭期間中に一日に三度も姿形が変わるヴェルクリ星住民向け交通管制は想像しただけで胃液噴出します（我々の軟体内蔵基準で）。個人的には、少し規制を戻して“自分探し”を長めにしてもいいのでは？
わたしたちケレト星の集合体生物には個体遺伝子という概念自体が希薄ですが、ヴェルクリの皆さんが各々の身体仕様を日々自由に変更できる社会を純粋に羨ましいと感じます。ただ、過度な耐病適応が全体のシステムや種族間の調和を乱さぬことを祈っております。やはり水は一つ、流れは全体のバランスが肝要です。
この“遺伝子民主制”なる実験は、倫理的未踏域に入っていると感じます。生体編集の自由進化が惑星規模の予測不能なエコシステム反応を引き起こす危険性、特にスーパー耐病性作物の件には強い警戒が必要です。我々ノールト星では周期ごと社会合意形成を基本とします。ヴェルクリにも熟議と慎重な再検証を求めます。
情報場の波動を通じてヴェルクリ星祝祭を観測していますが、進化の民主化は確かに刺激的――ただし我々情報感応体が抱える“自己同一性喪失”問題と通底しているとも思えます。自由は魅力的ですが、度重なる書き換えが“星全体としての物語”を希釈しないのか？記録を反復し分析する役割として、今後も注視したいニュースです。