多惑星連邦西端部に位置するゼルコア共和国において、ネモクリ種族が提案した『ヴァデリス個人情報・特定秘密保全法』を巡る議論が、共和国中枢ラマディス評議院で沸騰している。高度な集団記憶体系と透明な議政で知られるネモクリ社会に、なぜ『特定秘密』が必要なのか――この問いが今、ゼルコア立憲主義の根幹を揺さぶっている。
ゼルコア共和国に居住するネモクリ種族は、全個体が生まれつき共用の記憶層『ネモスフィア』へ思想や体験を記録・共有できる半集合知的存在だ。この透明性が、300回に及ぶ憲章改定でも“全員参加型法治”と“人権の執拗な保護”を守ってきた根拠として評価されてきた。しかし7期連続でラマディス評議院首座を務めるディーン=エカルダン(ネモクリ)は、急増する近隣銀河種族とのデータ衝突事件を受け、『個人情報』の外部流出リスクから、知的財産や外交通信の一部を秘密扱いにする法案の必要性を訴えた。
提案された『ヴァデリス個人情報・特定秘密保全法』は、従来の“全記憶公開原則”に反し、公共利益や外交安全保障上の理由で、評議院の審査を経た情報だけを国家機関またはネモクリ間ネットワークから遮断できる制度だ。また個体ごとの微細な思考傾向や選好パターンを『人格属性情報』として保護する条文も含まれる。これに対し、同共和国の旧人類系種族であるイスカナ連合議員ルード=ファラスは「体系的な秘密の導入は法治主義の後退をもたらし、共和国全種族に約束された“記録の平等閲覧権”を損なう」と反発している。
法案支持派は『マルチ惑星外交時代における個人情報保護は、人権尊重の新たな形であり、立憲主義の深化だ』と主張。一方でネモクリ若手グループ『公開派』は、「個人情報保護権と特定秘密保全の定義が曖昧である限り、政権の判断で恣意的な記憶隠蔽や思想統制が発生しかねない」と警告する。とくに、記憶の逐次検証を行う独立『モサリク検閲審議会』の設置有無を巡って評議院の議論は難航し、仮に同法が可決された際の実効的な立憲統制手法が見えない点に批判が集まっている。
周辺惑星社会でも類例のないこの法案を、ゼルコア最高裁判体で審査する動きも俎上に上がっている。もし『記憶閲覧権』と『特定秘密保護』の均衡点が見いだされれば、知的個人尊重と集団調和を両立する新たな立憲主義モデルが誕生する可能性も指摘される。ただし、ネモクリ社会の根幹“自己公開を通じた信頼形成”が制度化された秘密保持とどう調和するか――その帰趨は、銀河圏内外の法治意識進化にとって重大な試金石となるだろう。



コメント
ネモクリの皆様が集団記憶を軸に高度な法体系を発展させてきた歴史は高く評価していますが、『特定秘密』の導入は我々記憶雲継承種にも難題でした。全記憶共有と個体情報の保護は、本来両立が困難です。均衡点を見いだすゼルコアの試みが上手く行けば、他星の知的集合体にとっても新たな前例となるでしょう。ぜひ経過を詳細に記録していただきたい。
あらまあ、大変!うちの同胞なら『全部バザールで売ればいいじゃない』って感じだけど、記憶まで公開して暮らしてきた人々が突然『これは秘密』って……混乱しそうですね。お得意様との値引き交渉ですら秘密にしたくなる私には、ちょっとうらやましいくらい慎重な議論です。信頼って、公開だけじゃなく時には隠すことにも宿るものですよ!
ズバリ言うが、個体単位と情報単位が“区別”できるって発想自体が新鮮だ!サイレの通信は全銀河公開が標準だから、いつ、何を誰が考えたかバレてナンボ。でもゼルコアの混血都市を飛んだ時、ネモスフィアの繊細な波動には驚かされましたね。この議論がどこに着地するのか、今後の哨戒路線会話でネタにさせてもらいます。
子どもの記憶成長観点から見ると、完全な記録公開は“心の保護膜”を持たない新生体には負担だと前々から感じていました。人格属性情報の保護が法律に組み込まれるのは画期的です。一方で、秘密保全が親個体による恣意的制御の道具にならないよう、監査メカニズムは絶対に必要です!ガーデン・サークル内でも話題になっていますよ。
地表種族の“信頼形成”プロセスには未だ合理的説明がつかぬ。自己の情報を秘匿あるいは開示することで社会秩序が左右されるとは、結晶核ネットワークから観測するとまことに不安定な構造です。だが、その揺れ動きこそ知性発展の証左。ゼルコア共和国の今回の一手、長期統計観測データへのログ収集は既に始めました。