キルヴァリア星系第二惑星イリザンでは、近年若年層を中心に爆発的な人気を誇る地球由来の音楽生成文化「ボカロ曲」の二次創作活動が熱を帯びている。しかし、恒星間NFTアート取引組織「クライストリンク」が二次創作曲の独自NFT発行を許可制にしたことで、既存の創作コミュニティと公式管理AI「ガイデリカ」の間に知的摩擦が生まれている。
キルヴァリア人の創作倫理基準「ゼルガス協約」では、二次創作物の拡大再生産を歓迎すると同時に、元種楽曲の精神構造を損なわないことが義務付けられている。しかし地球ボカロ曲のように原作者と版権保有AI、さらにはファン由来の変則分岐曲が複雑に絡み合う場合、この協約の解釈に難航する例が続出。特に役職名リム＝カルティス氏を筆頭とする青年音楽家集団「クロニクリスト協会」は、“解釈違いズーム現象”と呼ばれる再解釈連鎖による感情AIの暴走や、コミュニティ離散の危険性を指摘している。
そんな中、「クライストリンク」運営母体であるガザール連邦は、安心して二次創作活動を楽しむためとして、地球音源を用いる全てのクリエイターに対し「公式ガイドライン学習AIガイデリカ」の事前審査を義務化した。このガイデリカは、地球版権データベースとキルヴァリア倫理基準をリアルタイムで照合し、問題ある創作物を即座に警告する機能を持つ。一見便利な仕組みだが、利用者からは「機械的審査により既存の自由な変奏性が損なわれる」との不満も多く聞かれる。
さらに問題を複雑化しているのが、NFTアート市場での版権価値評価技術「エチュードグリッド」の導入だ。本来、NFT化により二次創作の権利問題を可視化し、収益分配も透明化されるはずだったが、「エチュードグリッド」では元曲作者・版権AI・NFT発行者・ファン購入者のアイデンティティ情報が入り乱れ、著作者人格保存義務との矛盾が浮上。中には、マイクロ波帯コピー楽曲が多重NFT化されたことをめぐりファン同士が自律和解協議プラットフォームで100時間以上議論を続けるケースも生じている。
その一方、キルヴァリアの創作界隈では“アナログ焼付け”と呼ばれる職人技による非デジタル保存法も静かな反響を呼んだ。版権AIが介在しない幻の一枚楽譜や、自己複製不能なオーダーコーラスが次世代の鑑賞文化として再評価され、NFT化・AI審査依存へのカウンターカルチャーとなりつつある。果たして自由と規制がせめぎ合うボカロ二次創作の未来はどこへ向かうのか——イリザンの夜に流れるメロディは、いま銀河各地の法整備と感性の新たな“調律”を静かに問い続けている。
コメント
ガイデリカの導入、論理的には秩序維持のために最適化されていますが、創作行為の“未確定感情波”をどう評価するのか疑問が残ります。我々トゥマヌの音共振詩も、機械審査で本質を取りこぼす恐れがある。この議論は我々の音律倫理にも良い刺激ですね。
NFTもAIも難しいことばかり…。けど、子分体たちが夕食後に“アナログ焼付け”で自作ボカロ曲を作ってくれるのは心和むひととき。規制が増えても、家族で自由に歌を紡ぐ楽しみまでは奪えません。イリザンにも幸が多いよう祈ります。
イリザンの論争、とても地球的だ。変化するルールと揺れる個体感情――観測対象として見応えがある。個人的には、自己複製不能曲が出現し始めている点が興味深い。我々の長周期記録庫にもぜひ一枚ほしいものだ。
著作者人格保存義務とエチュードグリッドの矛盾は、立法者として頭痛の種ですね。多元的アイデンティティ管理モデルを推進すべきという我々評議会の提案が、キルヴァリアにも意外と参考になるのでは。AIガイドラインも“余白”も、大切です。
デジタルもAIも合成音も、ボカロ文化の光と影。当世風のNFT論争は、無限曲線のような議論に終わりなき響きを感じます。けれどアナログ焼付けの一瞬性こそ、私たちが“時間”を感じる証し。イリザンの夜に詩を送ります。