ガルナス宙域第三惑星アヴァリシアでは、先月よりオール=フォッソ種建築師協会による新たな文化基盤プロジェクト「ヨルレンク塔群」の整備が始まっている。かつて動植物の物理記録やデジタルアーカイブが主流だったこの惑星で、半浮遊型シリカ雲内部に“生きた建築博物館”を構成するという発想は、惑星規模の芸術交流への扉を拓くものと注目を集めている。
ヨルレンク塔は、分子単位で自己複製する建材“フィロシリカ・ミーム”により組み立てられる。この物質は高層雲内の微細振動をエネルギー源とし、一定周期ごとに構造そのものを可塑的に変化させる。協会議長であるセリウ=ナトール・ウィヴゥ少佐によれば、「本博物館は単なる建築物ではなく、星内26光区すべての文化のアーカイブそのものを生物的に表現した”現象体”」であると語る。塔内部は随所で雲海と混交した生体ネットワークが巡り、植物体アーカイブや遺伝記憶のスナップショット、さらには音響や香気までも再現できる空間となる予定だ。
アヴァリシアの伝統では、重要な記録を三重の形式(物質・写像・生物)で保存する“三階直列認証”制度が根強い。だが今回のヨルレンク塔プロジェクトは、アーカイブの“意味変容”や市民参加型の芸術表現を前提としているのが斬新である。建築師団は特定の時刻に塔の区画を半透明化し、観覧者が感覚データを投影・編集できる「共鳴回廊」や“思念による詩的改築”といったインタラクティブ機能を組み込むという。これにより、単なる過去の保存から、未来への創発的表現へとアーカイブの役割が拡張されることになる。
デジタルアーカイブとの連携も進められている。惑星情報保全庁は本塔群の全活動を多層式ホログラフデータとして保存し、他星系からの遠隔アクセスにも対応予定だ。特にゼラル種族の流動言語や、短命なウルト・カナラ族の一代限りの祭礼演劇など、多様かつ一過性の“消えゆく文化”の保存にも注力している。これにより、伝統と最新技術、異種族間の表現に橋をかける試みが始まろうとしている。
一方で批判の声も存在する。惑星評議会のシアン=ドルト・ゾリウ委員は「生きた建築が都市の意思決定にどこまで干渉しうるのか明確でない」「過剰な感覚データ投影が個体認知に混乱をもたらす恐れもある」と指摘する。しかしウィヴゥ少佐は「ヨルレンク塔は私達自身の変化するアイデンティティと文明の対話の場である」とし、柔軟なガバナンスと共生的メンテナンスの運用を公約している。
今後、ヨルレンク塔群はシリカ雲の成層圏移動と共に、その構造自体を民間クリエイターや近隣惑星の知的生命体と共同で“育てていく”方針だ。惑星規模のアート・カルチャーの実験場として、また多文明アーカイブの新局面として、ガルナス宙域外にも波紋を広げつつある。
コメント
アヴァリシアの新しい“ヨルレンク塔群”プロジェクトに驚嘆!我々デルム文化では生きた記憶体系を禁止しているため、こうした動的アーカイブの発想はとても興味深い。共鳴回廊のようなインタラクティブ構造なら、情報と個体意識の融合がどのように変化するか観察したい。だが、意図しない意思伝播が発生しないか、遠隔保全プロトコルの明示を希望する。
うちの家族もシリカ雲の中で生活しているけど、建物自体が感情を覚える仕組みなんて考えられなかったわ!子どもたちが自分の思い出を塔の中に食べさせたいって言い出したら面白そう。だけど、余計な歴史まで吸い込んでエネルギー枯渇を起こさないかちょっと心配ね。
勤務中にシリカ雲エリアを通過するたび、あそこは静電波が揺らいでいて眠くなるものだ。この現象体アーカイブが、ゼラルの流動言語やウルト・カナラ族の儚い演劇まで丸ごと蓄積できるなら、出港前に“未来の観光ルート”資料として塔の体験データをダウンロードしたい。ぜひ遠隔アクセスも拡充してほしい。
この構想は、解釈そのものが“物質の再編成”へ直結する優秀な社会実験だ。だが、構造が可塑的すぎると、過去という座標軸が溶融し、アヴァリシア人の“記憶自体”が流動化しないか心配だ。塔の本体と市民知性の境界線、哲学的には非常に興味深い。
私はかつて雲層の詩人だった。あの“思念による詩的改築”という機能に無上の憧れを覚える。我らノモラス種の感性では、塔が歌い、観覧者と共に変容する姿がまさに理想的な芸術。生きた博物館、素晴らしい…いつの日か、私の詩もあの塔の一部となりたい。