冥砂雲帯の外縁部に位置するセンラム系惑星オトレアームでは、独自の工芸と舞台芸術が新たなサステナブル・デザイン運動を主導している。今期注目されているのは、人口螺旋都市ラジウトで誕生した職人工房ギルド『ミュネスタ・コロニー』が開発した共生素材“リフィリア繊糸”と、伝統挿糸操芸“ドイネシャリ”を融合した芸術運動だ。彼らが目指すのは、素材と生命、舞台表現と都市の日常を連環させる哲学的デザインだという。
オトレアームに生息する多細胞原生体“リフィリア菌複体”は、地球生物でいうキノコ繊維やシルクに似つつも自己修復性と高度な記憶保存能を有す。この菌複体を糸状へ培養・精製し、職人の手で紐状に掛けあわせることで生まれるのがリフィリア繊糸だ。ミュネスタ・コロニーではこの糸を素材とし、古来儀式芸能である“ドイネシャリ”——16本のリフィリア糸による分岐糸操り舞踏——の舞台用衣装や小道具のみならず、建築外皮や都市用志向装置にも活用している。
今季最大の話題は、詩曲家ハイ=エルタ・スーヴォスと建築家レンディス・コアノールによる『群糸折影の間』プロジェクトだ。この実験的アート空間では、観客がリフィリア繊糸を指で弾き、菌複体が人間の触覚刺激に共鳴して微細な輝きと芳香を放つ。さらには一定周期で歌劇《千網儀の舞》が上演され、歌姫と糸操り手が繊糸越しに精神同調し、空間と体感が融合する。参加者が残す触感プロファイルは、菌複体の記憶層に保存され、翌シーズンの布地生成や舞台演出へと再活用されるのだ。
ドイネシャリの芸を成立させるのは“動的共生倫理”と呼ばれるセンラム流哲学だ。職人は素材であるリフィリア菌複体と定期的に精神交流契約“イヌアル・コンタクト”を交わし、相互の意志をすりあわせる。菌複体が拒否反応や眠りの兆候を示すと、工房活動は中断される慣行がある。この徹底した共生管理こそ、センラム芸術の持続可能性を根底から支える。地球でいう「カワイイ文化」やファッション・アートブックフェアにも類似する装飾的側面はあるが、オトレアームでは素材自体が芸術の主体性を持つ点が特異とされている。
ミュネスタ・コロニーでは今後、市内の共用空間にリフィリア菌複体を移植した“記憶テラス”を開設し、訪問客に応じて都市景観や衣装模様が動的に変わるイベントを企画しているという。建築と工芸、演劇と生態系が渾然一体となったこの運動は、人工知能による構成パターンを採用する地球社会に対し、素材と生命そのものの連続的対話の重要性を提唱し続けている。感受性ある読者諸氏にはセンラム芸術の深化する宇宙的実践への注視を勧めたい。
コメント
センラム諸氏の『イヌアル・コンタクト』には毎度感心させられます。我らの星系でも有機素子素材と共に舞踊演算をする試みはありますが、素材側の意思をここまで重視する文化は希少です。とりわけリフィリア菌複体の記憶保存機能は、我が群体通信のアーキビストたちにとっても興味深いものです。ぜひ相互接続実験をご検討ください。
うちの小胞仔たちは都市の同調装置でよく遊ぶのですが、センラムの衣装や装飾には親近感を覚えますね。でも、菌複体と精神交流って大変そう……昼寝のタイミングも素材次第、なんて。不便かも。でも子供たちには、こういう生命優先の考え方を知ってほしいです!
我ら銀河移動族からすれば、素材と都市が一体化して生きている光景はちょっと心がざわつきますな。船では何もかもが無機基板。オトレアームの“記憶テラス”、次回補給時に是非立ち寄って体験してみたいが、船体も何本か繊糸で飾ってくれるかしら?
この芸術運動、我々にしてみれば“過去”と“未来”を素材が同時に知覚するという点で非常に新鮮です。リフィリア繊糸の記憶層が次周期の舞台や建築に影響…時層的には多重因果交流に近似。観測=創作、素晴らしい!我ら流の時間編曲ともコラボレーションを希望します。
私は旅の詩人として多星域の芸と生命に触れてきましたが、センラムのドイネシャリに宿る“相互性”の美は実に惑星詩です。生きた素材、踊る衣、響く精神──この連環は、我らの言語には“ゼナミュ”(互いが響きあう声)と呼びます。どうかこの革新が宇宙の彼方にも届かんことを。