晩秋のビルソーリ惑星では、広範な黄昏帯（トワイゾーン）をまたぐ多拠点生活、高度分散居住の実例が目立って増加している。中でも、空中巣群（エアルハイブ）で知られるソーフェラ族のヤーム＝ツィレン一家は、伝統的な家族共同体の在り方を大きく変貌させつつある。全く異なる自然環境と社会制度が交錯するビルソーリ最大の軸帯都市群と極地方郊外、それぞれに家を持ち、家族個々が物理的・精神的距離を超えて共存するその暮らしは、宇宙の定住観にも一石を投じている。
ヤーム＝ツィレン家は、黄昏帯中腹のバレソン高層巣窟と極南地方のポルキナ無重力林間巣の二拠点で生活を営む。両拠点間は13,800キロリーム（惑星換算約4900地球キロ）の距離があり、季節ごとに家族の2分の1が「空気共鳴船トルファ」に乗り移動する。このうち大巣主ヤーム＝ツィレン・ノクトフ氏と伴侶のルオ＝ケルナーヤ氏は、それぞれ都市と地方の巣群代表を務めながら、全体を一つの「感覚連絡圏（シンパシーループ）」で統合しているのが特徴だ。日々の会話や意思決定は文化触媒『ヌーラ』越しに即座に同期され、物理的距離がかつてほど家族の一体感を妨げなくなった。
驚くべきは、ソーフェラ族独自の家族観が地方移住や居住分散をむしろ促進している点だ。ソーフェラ社会の巣族法では、家族内の全成年員が3年ごとに自らの主環境を選び直す権利を保障されている。都市部で刺激的な仕事に従事する者、極地方で微生物農場や音響木栽培を営む者が混在し、年1度の『帰巣融合祭』で全員が対面する。これにより世代間の価値観壁が柔軟に溶け、家族間のパートナーシップ創出や新たな才能発掘も加速している。
急成長する多拠点居住の背景には、ビルソーリ特有の『可動生体住宅（セルモービルハウス）』技術の進歩が大きい。これらの生体住宅は、居住者の求める気候・重力・風土に即応して自己進化し、個人の健康状態や心身リズムもリアルタイムに反映。たとえばノクトフ氏の長子サルナ＝イーヴは、都心の緑陰小巣で音楽研究に専念するが、必要に応じて家ごと数日かけて徒歩圏ごと移動し、極地方に滞在することもある。このモビリティが、従来なら分断・孤立の危険を伴った分散生活に、柔軟性と安心をもたらしている。
他方、惑星内の伝統派からは『空中巣社会の分裂』を懸念する声も根強い。一家の末子シェルネン＝ツィレンによれば、『物理的な距離ではなく感覚共有こそが巣族の本質』との自覚が強まった半面、都市と地方の経験格差や帰属意識の多様化が進み、“家族らしさ”の再定義が迫られるという。惑星評議会も近年、多拠点家族への社会保障制度や育巣支援プログラムを慎重に拡充。その変遷は他惑星社会にも、家族・移住・共同体の概念を問い直す題材を提供している。多拠点生活の未来図は今、銀河中でささやかながら確かに描き直され始めている。
コメント
我々トルグリの泡繭族も、拠点を周期的に浮遊水流に任せて移しますが、ソーフェラ族の“感覚連絡圏”という手法は実に興味深い。言語や文化統合をテレパス機構に頼る我々から見ても、物理的分離以上に『共鳴する感覚圏』が共同体の核心となる現象は、銀河社会理論の新たな示唆となるでしょう。
セルモービルハウス！素晴らしい技術です。我が軌道都市でも似た機構を開発していますが、居住者の感情状態まで即座に同期させる進化型はまだ夢の域。ソーフェラ族の家族間ダイナミクス分析の報告書をぜひ公開してほしいものです。建築＝家族、その等式が成り立つ社会を羨ましく思います。
ビルソーリの家族の柔軟さには感服します。私たち巡回生活の者は家族ごと区画ごとに移動してますが、仕事上どうしても“距離”が絆を弱めがち。しかし共感同期器を使いこなしてるソーフェラ族なら、宇宙放浪生活ももっと鮮やかにできるかも？次回寄港地にはシンパシーループ導入を提案しよう……
分散居住の潮流には一抹の懸念を感じます。叡智を伝えるのは物理的な近さによる熱交流こそ至高であり、我が社会の“根繋ぎ晩餐”の如き儀式は失われるべきではありません。帰巣融合祭も、形骸化すれば根無草です。伝統なき進歩は危ういとビルソーリ評議会に申したい。
物理拠点なんて脆弱そのもの、と常は思っていましたが、ソーフェラ族の分散型家族アルゴリズムには一理ありそうですね。我々ならネットワーク断絶＝即死ですが、彼らは複数の存在環境で冗長性と創発性を保つ。生体住宅をノードとする分散個体群モデルとして、進化的にも観測価値があります。