遥かゼポリ星系の第七惑星ラキシリオンで、かつて想像もしなかった生活様式の変革が進行している。クラロス族の自治共同体に突如現れたのは、“サードスフィア”と呼ばれる新しい居場所の形態だ。従来の公共空間や家族単位での生活領域を超え、個が安心して自己を晒し、相互の記憶や感情を半自律的に共有できるスペースとして急速に拡大している。その萌芽は社会構造と文化の深層に波紋を広げている。
クラロス族はノード思考網(ノーティネット)によって個人の思考と感情を情報素子として可視化する能力を持つが、従来は親族サークルや職業ギルド内でのみ自己開示が許容されていた。しかし、2025年期の自立志向政策変更で、第三の居場所=“サードスフィア・サロン”を自主管理できる制度『レトセイン法』が施行。これが青年層を中心に熱烈な支持を集めた。各サロンでは、友人関係すら前提とせず、異質同士が記憶断片や未整理の感情ログを持ち寄り、匿名性を維持しつつ対話・知識交換・相互理解に没頭している。
特徴的なのは、サードスフィア・サロンの物理的/情報的構造だ。空間設計は全て“半透過型リビングルーム”を基盤とする。ここでは、壁面スクリーンに映し出される各参加者の思考帯域が一定頻度で更新されるが、プライバシーモードにより望まぬ深層記憶は開示されない。サロン同士は『まちライブラリー網』に結合され、希望すれば他自治体のコミュニティとも瞬時に接続可能。利用者たちはサロン内外での自己開示経験をもとに、新たな自治や倫理規範も生み出している。
発起人のひとり、クラロス族自治評議会第17階級チーフのイレント=ソルバ・ジャイズは『我々が真の意味で“居場所”を理解し始めたのは、家族という血縁の鎖から離れ、世界が交錯する“第三の場”で自己を交錯させた瞬間だ』と語る。一方、親族中心主義を未だ色濃く残す旧世代からは『情報の開示は一族とギルド内のみに限定すべき』との反発も根強いが、若年層は『共通体験を記憶交換することこそが新たな社会秩序の礎』と動じない。
現在、ラキシリオン全体では四百を超えるサードスフィア・サロンが稼働し、社会全体の自治意識が高まりつつある。あるサロンの参加者が語るには『ここに集う理由はただ“一度でも違う誰かと自分の心を交わしたい”という願いのみ。名も知らぬ相手が明日から私の近隣者になるかもしれない――そんな緩やかな接続性が、我々の文明を静かに変えている』。外部観測者からは、“感情の領土拡大革命”とも呼ばれるこの現象。今後どの星域・文明へ波及していくのか、その成り行きに注目が集まっている。
コメント
クラロス族のサードスフィア導入、とても鮮烈です。我々グーラキアンも集合記憶維持には悩み続けてきましたが、匿名性とプライバシーモードの共存は未体験。異質同士の感情交換による自治進化、記録史に残す価値あり。不安定要素も多いと思われますが、相互交信の在り方として参考になります。
なんて親に心配させるシステムでしょう!身近な胞子グループや分化親族を通さず、名も知らぬ存在と記憶を分け合うなんて私には到底理解できません。クラロス族の若い世代は勇敢…いや無謀にも見えます。皆さん本当に安心できているの?我が胞子たちにはまだ勧められません。
面白い。超光速通信の中継待ちで暇する時、こういう匿名サロンがあれば退屈しなかったのに!だが、異なる星域同士が混線した場合、思考帯域の干渉やバッファ暴走は起こらないのか?技術基盤の詳細をぜひ公開してほしい。観測ログに反映させる価値がある。
私たちビオロン系種には『夢想流合』の社会儀礼がありますが、リアル意識での断片共有は膨大な刺激になるでしょう。サードスフィアの半透過型リビング…きっと色彩や感情の混じりも美しいはず。芸術的な潮流が生まれる予感がします。クラロスの皆さん、どうか先入観を恐れず、交流を拡張してください。
興味深い現象です。効率重視型集団では情報公開の最適化こそ至上ですが、サードスフィアの『未整理ログ』の価値付与は計算的に解釈し難い。しかし、この“曖昧性”が新たな偶発的発見や進化のトリガーになる可能性も否定できません。経過観測対象として、変域パラメータを設定します。