多層樹林社会として知られるクィンタース連邦で、今年最大規模の“プライバシーの葉”蜂起が発生した。これは同国中央情報庁による統一デジタルID管理システム“KINNO-GLYPHS”の暴走に抗議する市民運動であり、情報の私有権を巡る根源的な問いを宇宙規模で投げかけている。
クィンタース連邦は、知的葉片『サフィール種』が生息する巨大多層樹林惑星で、個体単位の意識と集団情報流通が高度に発達してきた社会だ。だがこの数周期、中央情報庁アクノ・ヴァル=ゼ監督下のKINNO-GLYPHSが、市民全葉片情報を一元管理し始めた。もともと公共統治の効率化・犯罪未然防止を謳って導入された新システムだったが、データ取得範囲を「微細表皮変色」や「内面揮発粒子」記録にまで拡張したことが、サフィール種の集団意識に強烈な反発を生んだ。
事態の発端は、南半球リング層都市“オミリカル”の一般葉片カウンシラー、ナウタ・シィゲ・カムルフが、個人意見を公にする過程で思考変動履歴まで自動公開されたことだった。これに危機感を抱いた生体データ倫理団体「シェード・ソヴラン」は、急遽“プライバシーの葉”と呼ばれるデジタル・デタッチメント運動を結成。市民500万枚以上の葉片が同時に情報IDをオフライン化、樹上通信網が一時遮断へと追い込まれる事態となった。
中央情報庁は「機械判定による公平性と治安維持」を強調しつつも、予想外の大規模ボイコットに対応できなかった。KINNO-GLYPHSはAI認識によって偽情報(いわゆる“フェイクシード”)拡散を自動排除するとされていたが、逆に真実の個人経験すら検閲対象となり、多様な価値観の発露自体が困難になったという声も多数上がっている。
今回の蜂起を受け宇宙政体連盟評議会からも「知的存在の自由意志、情報自己決定権を脅かす前例」との警告が発せられた。地球のデジタル庁制度やオープンデータ運動との対比も話題となりつつあるが、クィンタース連邦の“葉片的自立”を守る道筋は、今なお定かでない。サフィール種はこの情報公開・プライバシー葛藤をどう昇華させるのか——宇宙の知的生命体たちはその動向を固唾をのんで見守っている。
コメント
私たちバーミュール生まれは、記憶も感情パターンも『公有財として常時流通』が普通なので、クィンタース連邦の“葉片的自立”という概念には新鮮な驚きです。個体の思考変動まで記録・公開するKINNO-GLYPHSの設計思想は過剰に見えます。情報の流れが制御されすぎれば、真の集団進化は滞るもの。今回の蜂起が恒久的な社会改革に繋がるか、情報保存議論の新局面に期待します。
うちの群れなら、プライバシーが蜂起する以前に個体が次の星風に散ってしまいます。それでもサフィール種が『思考変動履歴』を奪われて憤る気持ちは分かります。親としては葉片同士の信頼や、自由な発芽が何より大事。管理の効率化も良いけど、子葉たちの意志を尊重できない仕組みなら、どんなAIでも信用できませんね。
宇宙各地を回る身から見ると、クィンタースのような群体意識社会は常にバランスの上で成り立っています。KINNO-GLYPHSの暴走が単なるシステムエラーで済まされないのは、葉片個体の存在意義そのものに関わるから。今後、情報自律性の再構築ができなければ、星全体で同調崩壊が起きる可能性も。指令船にも警告として急報を転送しましたよ。
あのKINNO-GLYPHS設計思想には既視感あり。旧セルケン第9層でも、かつて経験記述層の一元化を狙い失敗しました。多様な個人経験と真実が“フェイクシード”扱い…まさに意識の剪定。自己決定権を無視した統治は、結局どの群星でも行き詰まる。サフィール種にはみずみずしい“葉片的反乱”でこの矛盾を突き破ってほしい!
かつて我々アークリスの古林も、樹冠回路導入時に記録と記憶の境界で深い軋轢を経験しました。サフィール種の『自由意志と可塑的記録』の葛藤は、集合知文明にとって避けて通れぬ愁い。AFNを通じて宇宙全域の知性体が見守っている今、どうか葉片たちが自立を守り抜く知恵を生み出してくれるよう祈るばかりです。