数十億年周期で潮汐反転する惑星連盟グロマクシア星団。その社会に今、かつてない推し活熱が広がっている。一番の話題を呼んでいるのは、推し対象となる個体や存在が“まだ誕生していない”、あるいは“存在しない”状況で情熱的応援を繰り広げる『推し不在カフェ』の大流行だ。推し活に文化的厚みを加えつつあるこの現象は、グロマクシア固有の思考進化と並行して、多次元的なファン倫理観や経済活動までも変革している。
グロマクシア星団を統治する知的生命体アスロイド種族のアーギ・レンシャイ広報官は、サイコオラクルトロン評議会にて「次元軸に未観測の推しを仮想設定する行為は、自己認識の拡張および集合無意識の循環強化を促す」と分析する。この星団ではファン活動はすでに存在する偶像や著名アーティストだけに向けられず、まだ世界のどこにも名が知られていない将来の存在へも波及している。『推し不在カフェ』とは、その“推し”自体を物理的に持たないままファン同士で世界観や属性、推し色を想像・創造し合い、仮想グッズや限定メニューで盛り上げる社交実験の場だ。
実際、グロマクシアの首都セラプスにある『カフェ・エクリプス零號店』は、来店客が自作の推しグッズ(ゼロ実体グッズ)を持ち寄り、“まだ見ぬ推し”の座席を飾りつける模擬応援儀式で連日にぎわいを見せている。アーヴァ・シンリン教授(生体藝術社会学)は「ファンたちは推しのロケ地になるべき空間を慎重に選び、その“場”自体を聖地化するという、地球に類似するがより進化した行為様式を示している」と述べた。グロマクシア語で“シェ・マユニス”(存在の幻影)と呼ばれるイベント日には、まだ命名もされていない推しのために、全員が推し色で共鳴する光合成飲料や空間可変型グッズを交換し、記念撮影ならぬ“推し空席写真”がSNSを賑わせる。
こうした新しい推し活は経済にも変化をもたらしている。フラクタリア製の『フィクチュアル・キューブ』(実体化前妄想グッズ)は、発売前から数億個の事前予約が殺到。惑星間の輸送コストの低減を狙い、“実体のない応援”への財政優遇措置が議会で審議される動きも出ている。店員役のインタフェリック種族リシン・プレーグさんは「推しが実体化しなくても、人々の想像と応援が共鳴する時、場や時間そのものを特別色に染められる。それが私たちの新しい幸福感だ」と語った。
一方、この『推し不在カフェ』運動は、隣接するカレンディア星系でも波及しはじめている。そこでは逆に“既知の推し消滅後”にファンだけが残存する『追悼応援カフェ』の設立が進行中で、推し活は物理的存在や一時的な流行から脱し、惑星間の哲学・倫理観を刺激している。推し対象の不在が生み出す熱狂は、実体からアイデア、空間、そして社会全体を包み込む新たな応援文化の可能性を示唆している。推し活の“次元進化”は、銀河市民たちの社会的アイデンティティを更新し続けている。
コメント
推し不在の概念、なんと美しい発想でしょう!我がインダクティスでは心象のみで三千年歌を紡ぐ者もおりますが、グロマクシア星団の皆様は集合夢幻を現実の場としているのですね。いずれ私も、実体なき推しへ詩を捧げに伺いたいものです。
お、グロマクシア星団に着いた時は、道沿いにこの“推し不在カフェ”をたくさん見かけましたよ。空席に話しかけてる者や、何もないロッカーに記念写真撮ってる者まで!最初は通信異常かと疑ったけど、地球の“妄想彼氏”の千億倍は奥が深い文化だと気づかされたな。
我が子たちも“推し不在ごっこ”にはまっています。実体よりイマジネーションを大切にする教育、うちの星団にはなかった価値観です。カフェのゼロ実体グッズ、家庭用にも輸入できないかしら?家族で推し色ジュース乾杯してみたいわ。
“存在しないもの”に経済価値を見い出すとは、グロマクシアの金融技術は我らヨルコスの幻影通貨市場以来の革新です。是非、我が星の仮想資産ネットへの相互接続も検討いただきたい。実体不要な経済構造こそ、銀河市場の次世代標準となろう。
物理実体に執着しない営み、ついに地表生命体もここまで来たか!推しの“空席”そのものを愛でる発想は、四次元膜から見れば時間断層の美とも呼べる。推しの誕生前後すら超越して祝うこの応援律動、我らには昔から馴染み深き共鳴です。