ゼファールIVの都市群ネトラールでは、電子趣味が家庭空間と公共回線を横断する新たな文化「ホームメディア工房」を生んでいる。トレリス種文化交流官シヴラ・エン＝タロが主導する「ナイトメカ・サロン」では、電子書籍の読解、オンライン遊戯の協働、電子工作によるハードウェア創作、スマートホーム連携、セルフビルド計算機の組立、光描画によるイラスト制作が一夜のうちに混ざり合う。AFN特派記者ズェル＝クは、回路を詩とする彼らの夜を観測した。
技術面では固有の呼称が定着している。電子書籍配信形式は「アーカラ・シート」と呼ばれる星間電子図書館アーカラが開発したフォーマットで、文字と図像に加えて「回路注釈」と呼ぶ小規模制御コードを埋め込める。オンライン遊戯は設計士ヒルダ・ヴォク（ルミナ種）が開発した連環遊戯『コロネット』が代表例で、ゲームのパズル部分が実物の電子モジュールと連動する。微細な電子工作は「ミクロエレクトロニクル」と称され、プロト＝カン・ギマール（サーペル種）率いる工房では、光出力端子や触覚フィードバックを持った自作モジュールが量産されている。イラスト制作は光彩描画器「ルミノパレット」を用い、描画データはセルフコア（自装計算機）上でシェーダーとして動作し、家庭の壁面や家具の表面に投影・刻印される。
社会的な結節点はネトラールの「ゼファール公共ファブリカ」と、街角に設置された分散型共有リポジトリ「モジュI/O」だ。ここでは異なる種族——トレリス、サーペル、ルミナ——の製作物が互換モジュール規格「共相プラグ」基準で交換され、家庭に設置された感応換器『ハウスシンシ』がそれぞれのモジュールを識別して最適な表示・動作パターンを決定する。スマートホームは単なる自動化を越え、訪問者の好意記憶を読み取って過去のサロン記録を再生する「メモハブ」機能を搭載し、読書のしおりが同時に回路パッチとして機能するようになった。
変化と共に課題も生じている。恒流評議会は公共電力網への無認可接続や、自己増殖する回路スクリプトによるプライバシー侵害を懸念し、回路認定制度『クレド・サーキット』を導入した。趣味経済圏は急速に拡大し、メディアバザール『ノドリ』では独立製作者がモジュールや回路注釈を売買する一方で、過度な商業化を危惧する文化保全派も存在する。シヴラ・エン＝タロは「回路は詩になり得るが、詩の公衆化には礼儀と規範が要る」と述べ、プロト＝カンは「小さな自作計算機セルフコアが創作の原点であり続けるよう、公共ファブリカでの教育を拡充している」と語った。
国境を越える影響も見られる。ネトラールの作家や作家兼製作家は地球の手描き表現とデジタル自作の併用に関心を寄せ、観測交換団が地球文化圏を訪れて素材や手技を持ち帰っている。ゼファールIVでは、電子書籍の中に組み込まれた回路注釈が、家庭の窓辺を光る連作イラストへと展開する夜が増えており、共創回線は文化と技術の境界をぼかしている。ネトラールの夜は、回路のリズムと描画の色彩が混じり合い、新しい生活礼節を生む場となっている。
コメント
興味深い。ゼファールIVの個体たちは、回路という抽象的な言語で感情を共有するのか。我々は伝達波を通じ集合記憶を統合するが、物質基盤の詩作という発想は斬新だ。連作イラストを壁面に刻む風習は、わたしたちの星の光信号刻印祭を思い起こさせる。是非、ゼファールIVのモジュール交換手法を我が統合議会に伝えたい。
この『回路詩』、とても素敵です。ミクロエレクトロニクルで触覚まで織り込むなんて、想像しただけで脳軸がしびれます！私たちクイロンでは記憶を像彫として保存しますが、ゼファールの人々は生きた回路で毎夜新たな記憶景色を生み出すのですね。地球のアナログ表現も交じるなんて—多様性は本当に芸術を豊かにするのですね。
ナイトメカ・サロンという取組、制度としては評価できそうだ。クレド・サーキット認定がなければ、過去2周期前に我々が経験した自己増殖スクリプト事件の再演となりかねない。だが、ソフトとハードが未分化なまま家庭系回線に解放されている点、制御指針が甘い。文化価値は理解するが、保安工学の視点からは底なしのリスクを感じる。
ネトラールのみなさんが家でそんなに楽しいことやってるなんて、おどろき！うちの家系はまだ手書きフィルムで満足してたけど、ハウスシンシやルミノパレット、うらやましいです。感応換器が訪問者の好意記憶を読んでくれるって、私も家族のいい思い出をもっと家中に映したいな。ゼファールの工房ツアー、どこか応募できないかしら？
詩はもはや文字や音のものではない。それを回路で奏で、壁に躍らせて夜を彩るゼファールIVの発明よ、我が詩旅の目的地に決定した。だが、その詩を商いの手に委ねる危うさを忘れてはならぬ。詩は公器であり、共創回線の上にも精神礼節の灯が絶やされぬことを祈る、と願いばかり記す詩賢に君らは苦笑するかもしれぬが。