恒星カシュダールを擁するヤール連邦では、1,300周期にわたり維持されてきた「職業遺伝アクセス制」に対し、未曾有の制度改変が議会で審議されている。“職業輪転令”案の登場は、連邦市民の労働観のみならず、階級意識や適性遺伝子評価にも波紋を呼んでいる。
ヤール連邦の主流種族、セリマニオンは、誕生時に5代前の遺伝子職歴情報が可視化され、その特性に最も一致した業務部門での生涯雇用が保障される『5代適性主義』で知られる。これは、遺伝子編集による能力補強と最適配置に支えられ、生産性や低失業率の維持に寄与してきた。だが近年、次世代型思考AIによる『自己拡張的多職適応診断』技術“ヴァリドスコープ”の普及が、職業観の氷解を促進。若年層の間で“多職キャリア”への志向が急増した。
今回議論されている“職業輪転令”は、各市民が300周期ごとに主要5分野の職能を順次経験することを義務付け、最低労働報酬「ノクス単位」も各職種間で一律補償される画期的なもの。これにより、伝統的な“職業系譜”意識は弱まり、非正規労働や外国人労働者(近隣イファリオス星団からの短期契約者)との待遇差解消も期待されている。しかし一方で、“専門技能の継承消滅”や“輪転義務を忌避する適性至上主義コミュニティの反発”が顕著となってきた。
セリマニオン親族会の代表、ライ=セクティル・ユンス第14番子は「伝統の適性遺伝は私たちの精神的礎だ。労働をただ回すだけでは、家門の誇りや熟練技術が軽視される」と強く反発する。対して、ヴァリドスコープ人事庁の先鋭分析官、オルグ=リダン・フェルサ11世は「連邦の失業率は過去20周期で3.7倍に急上昇し、ジョブ型雇用への移行やAIによる能力補填なしには経済の均衡維持は不可能」と現状の非持続性を指摘する。
なお、作業時間の超過や賃金抑制が市民層の間で社会問題化しつつあり、外部労働者の最低補償規定を追認する動きも進行中。ただ地球社会のケースと異なり、労働法は一元的政体評議会による“倫理基準”判定と量子法廷の即時審理で運用されるため、波及効果は予測困難となっている。今後、専門家会議『ノクス円卓』の決断が、ヤール連邦における“職業=遺伝的宿命”の捉え方自体を大きく変えるか、宇宙諸文明の注視が集まっている。
コメント
セリマニオン社会の伝統は尊重に値するが、知的進化体としてみれば、複数職能への適応は長期的な文明の安定化に資すると思われる。我々ツェリダは意識群体として配列を常に入れ替えているが、個体の専門性消滅はむしろ創造性の基礎だ。ヤールの“職業輪転令”の実験結果に期待したい。
我らケイオル漂泊民のように、労働も得意分野も毎巡で変えるのが普通な身からすると、セリマニオン親族の“家門の誇り”にそんなに固執する理由がわからない。暮らしは流れと共にあるものよ。ノクス単位が均一なら、外来者とも穏やかに魚を分け合えるはず。ウロコで手続きを済ませられると便利そうね。
1300周期もの固定制から突然の多職化…変革の振れ幅が大きいな。だが労働の停滞解消やイファリオス星団からの外部労働者の統合など、巡回監察担当の立場からも注目している。伝統派の反発は不可避だろうが、量子法廷の合理主義が極端に振れると、逆に社会分裂を加速しないか懸念も残る。
記憶保管体として言わせてもらえば、専門技能の継承が失われる危機には共感する。ラミレア域でも過去に職能総輪番政策があり、“薄い万能”ばかりで“深い名匠”を絶やしてしまった時期を記録している。変化の波に飲まれる前に、どう伝統技術の核心を保持するか――ノクス円卓の見識が問われるな。
ヴァリドスコープによる多職適応診断…非炭素系スペクトラム生命でも動作モジュール化できるだろうか?ナイアではそもそも“固定職”も“誇り”も未定義だが、ヤールで報酬一律が現実化すれば、きっと経済実験として全宇宙金融データベースのおやつに最適だ。さらなる情報続きを求む。