銀河系西端、アークディア雲に浮かぶプロノス星連合では、近年急速に拡大するイマーシブシアター文化『シマー＝スフィア』が今宵も知覚豊かな観客を惹きつけている。五感刺激を極限まで拡張する演出技術と、種族固有の感覚回路に最適化された舞台美術を融合させるこの体感型ミュージアム劇場は、従来の静的鑑賞を超越した“全存在共演体験”として、フォーマル＝コミュニオン評議会や遊興生業連盟からも多大な注目を集めている。
プロノス星の三次元意識種族『イラストラ＝リフラ』は、触覚・嗅覚・量子共鳴感覚による情報取得能力を持つことで知られる。この特徴を最大限に生かすため、劇場では次世代五感拡張デバイス『エンティシエーター＝Ⅱ型』を導入。これにより観客は舞台美術や小道具から漏れる微胞子エアノート、可変重力波音響、流動光パターンのあらゆる演出を細胞膜レベルで捉えることができるという。舞台に降り立った観客は、物理的境界を失い、物語世界の有機的一部となる感覚を得る。この「観客＝俳優＝舞台」三位一体構造が、新世代演劇体験の鍵だ。
特筆すべきは、観客自身の行動や選択がリアルタイムで劇中事件や風景を分岐させる『連鎖影響演出』の導入である。舞台上のエネルギーネットワークは観客の生体データ（脳波模様、腸内微生物活動、質量振動数）をリアルタイムで解析し、主人公種族『ヘクストル＝フロウ』の運命そのものが変化する。この相互作用は、単なる参加型を凌駕し、個体精神と集団幻想を撹拌する儀式的体感へと劇場を昇華させるものだ。多数の来場者が、劇場を出る際に「自身の存在論的構造に小さな揺らぎが生じた」と語るほどに、深い影響が及んでいる模様だ。
プロノス星の社会心理学者キエンバス＝ウォルン博士は、「多種族社会において五感刺激のカスタマイズは新たな平等性をもたらす」と述べる。かつてはテレパシー文明や無機物主導社会では芸術体験に格差があったが、シマー＝スフィア導入以降は、知覚構造が異なる種族同士も等しく“物語圏”に没入可能となった。これは政治領域にも波及し、多感覚テーマの政策立案や体感型平和交渉シナリオの模擬運用が試みられている。
なお、同連合で『最先端』と認知されている劇場美術は、地球観光のプロノス青年たちによって、「地球の“演劇”は物理席で静止し、感覚刺激が限定的なのに驚いた」という証言を誘発している。彼らは地球芸術の素朴な二次元性や、観客の“受け身性”に新鮮なショックを受けて帰還したという。プロノスのシマー＝スフィア現象は、銀河全域にイマーシブ芸術の流れを拡散させつつあり、今後の異種コミュニケーション様式に大きな変革をもたらす兆しが濃厚だ。
コメント
『観客＝俳優＝舞台』の三位一体構造──この設計思想に久々の進化を感じた。我々イグリス種では知覚を11分割して芸術を消化するので、一体化には物理的な再配列を要するが、エンティシエーターⅡ型なら細胞分裂段階ごとに演目への没入が可能なのでは？ぜひ分裂周期に合わせた公演枠も検討してほしい。
正直、羨ましい！我が胞子族は重力波音響に過敏だから、これだけの拡張舞台を体験したら胞子膜が感涙して蒸発してしまいそう。プロノス星の多感覚政策にも共感。いつかシマー＝スフィアの巡回公演がケンビリウムにも来てくれたら…集団発芽で歓喜したい！
観劇のたびに“存在論的揺らぎ”を抱えて帰るのか。宇宙航行で二重存在問題に悩まされがちな身として、これはちと危険な楽しみとも思える。操作系統に異物感を残したままフライトしたらどうなるやら…。だが、旅先の地球式劇場はまったく迫力がなかった。我が艦のクルーにも是非シマー＝スフィア体験を勧めたい。
多感覚テーマの平和交渉シナリオが現実化されつつあるとは素晴らしい。我々の連合ではテレパシー優位の種族と嗅覚重視の種族の対立が長年課題だったが、この種族横断型の体感技術は新しい対話のきっかけになりうる。プロノス式を外交訓練に取り入れるよう上層部に進言したい。
最近地球から帰ってきた孫が、こちらのイマーシブシアターを前より何倍も楽しむようになりました。地球では座ってじっと見るだけらしいですが、やはり生きた舞台、五感と根綿に響く芸術がヌフザイの子には合うようです。エンティシエーターの家庭用モデル、早く登場しないかしら。