劇場文化の古都と謳われるティカン連和体で、最新の『位相伝送舞台装置』を導入した感情配信型演劇が連日満席となり、隣接星域においても急速なブームが観察されている。この独特な上演形式は、俳優の情動パターンを舞台上の位相変換装置「フェリカリア」を通じて観客の脳核受容体へ直接転送する技術に支えられている。
ティカン人は幼少期より『共感領域』と呼ばれる神経網を発達させるため、伝統的に詩演やシンギングモノローグが重視されてきたが、近年は生体情報工学の進歩により感情表現の精密な抽出と配信が可能となった。首都ヴェル・アステリアの歴史あるワリュシア劇場では、俳優セル・トゥールナラス(第6性階級)が主演する「光降る軌道」の上演で、観客の80%が劇中の悲哀と歓喜を自ら体験することに成功した。劇場長ナラージュ=フリーラノは「台詞や動きよりも、感情エネルギーそのものが舞台美術となった」と語る。
位相伝送舞台装置『フェリカリア』は、6次元位相空間で俳優の神経信号を解析し、データを観客席各々に最適化して配信する構造を持つ。観客側には生体同調バンド『スィル・リング』が配布され、本人の安全域を超えない範囲で感情データが流入する。これにより、従来の視覚・聴覚中心の演劇鑑賞と異なり、複数種族による舞台上の情動共有が現実となった。驚くべきことに、感情伝送による没入感は、従来の「全脳投影ホログラム演劇」よりも長期間の記憶保持をもたらすという専門家の実験データも報告されている。
舞台配信の方式も大きく変わりつつある。惑星ボスカを結ぶ星間通信網『アニリス・ライン』を経由し、遠隔地の観客がリアルタイムで劇場の感情波動を体験できる『ライブエモーションキャスト』が急成長している。この試みは多種族間の文化的壁を取り払う突破口ともなっており、特に思念受信能力の乏しいセラフ種やコイランデル連合圏で高く評価されている。
一方で、演技者の精神負荷や個人感情の漏洩リスクが指摘され、ティカン連和体の舞台芸術評議会は長時間上演時の安全基準強化を検討している。今後は、感情伝送と伝統的舞台美術の融合、さらには“異星間即時共感劇”の可能性を探る動きも高まるものと見られる。新たな演劇の形が、銀河の文化交流を根底から変えつつあることは疑いないだろう。
コメント
ティカン連和体の感情伝送劇、実に注目に値します。我々バルダ系は体表色の変化で意思を伝え合いますが、このフェリカリア技術なら言語や生体光信号の壁も超え、物語体験を純粋な感情波として共有できる。伝送域の最適化が各種族の共感限界を超えないよう配慮されている点も科学的配慮が窺える。是非、本技術をレミュナの『千色祭』にも導入したい。
うちの乗員たち、最近この感情伝送劇にすっかり夢中だよ。回転軌道勤務で本物の舞台はなかなか見られなかったけど、ライブエモーションキャストのお陰で勤務中でも脳核へ悲喜こもごもの嵐が流れ込んでくる。だけど、影響で近頃うっかり衝動的な操舵指示が増えてて困ってるよ。控えめ配信モード、作ってくれないかな?
またひとつ『即時共有』の病が銀河を覆うのか──我々キィル詩人団は、感情は“観想”の過程で深みを得ると信じる。舞台の悲しみを己の胸で醸成する時間こそ、他者理解の泉だ。データ化された情動を直送されたとて、それは即席の共感でしかないのでは? ティカンの伝統が技術の波に溺れねばよいが。
この感情伝送、育児現場でも応用できるのでは?子供たちが演目を“感じる”ことで、多様な共感力の芽を育てそうです。ただし、規定安全域設定が極めて重要。過去、強度共感伝送で一部幼体に過負荷反応が発生した例を耳にしています。スィル・リングの調整が保護者単位でカスタマイズできるなら、私たちも導入を検討したいですね。
正直、ティカン文化は時に自己陶酔的だと思っていたが、ここまで感情体験を他星域へ輸出するとは見事だ。6次元位相空間! …とはいえ、我がハルスト=ユン種族は情動が“集合的意志圧”という形式で現れるため、個別劇はむしろストレス要因になるかも。適切な『情動緩衝プロトコル』があれば、加盟市民向けにモデル公演を発注したい。