アクィス銀河系第七星区の惑星ナラックでは、生成種族セルフィードと環境規模インターフェロン管理局の主導により、長年続いた人造海洋の生成産業に対して抜本的な規制が導入されることとなった。惑星全体の海洋総量をエネルギー資源化する独自技術「ハイドロファージ法」が循環システムを圧迫し、生態系だけでなく精密知能資産にまで深刻な影響を及ぼしている。新たに採択された「人造海洋禁止令」は、ナラック全域で海洋プラスチック類似物質ならびに自己増殖型液体プラスチックの使用と流出を原則禁ずるもので、政策転換の歴史的転機となった。
この政策の背景には、惑星外縁部のデラック海渓域で発生した「エクス＝プラズム災害」と呼ばれる公害事故がある。セルフィード評議員ミューラ・サンスが提出した調査指令によれば、海洋の約17％が機能性プラスチック流入によって分子レベルで改変され、本来持つバイオマス再生サイクルが阻害された。これにより、知能海棲体フローリンムらが備えていた分散型記憶網が断裂し、環境アセスメントの予測モデルも一時的に沈黙した。環境フォーラムでは、こうした事態を他恒星系に拡大させない方策が急務とされた。
禁止令には界面プロセスにおける『分子置換権』の再構築規定が盛り込まれ、産業界には動揺が広がっている。とりわけ惑星北半球のサル＝チク合成体連盟は、従来の自己生成型海洋パッケージ輸出モデルが壊滅的打撃を受けるとして、違憲審査請求を検討中だ。だが一方で、恒星エネルギー汲み上げ連盟（通称HESU）は、水素同位体由来の再生可能エネルギー技術へと基幹インフラを急速に転換させている。ナラック中央開発庁のリアモン・ケッツ局長によれば、「循環型社会への移行と生態調和を両立させる唯一の道は、多様なエネルギー資源の相補的活用である」とのことだ。
新法執行には、惑星規模の循環監視衛星群『オルビトロン・リンク』による常時監査が組み込まれた。違反が検出された際は即時集積型バイオ還元措置が発動され、汚染物質は深層圏へ高速封鎖される。さらに、植林融合体アルゴノーム種族による新たな森林保護プロジェクト『グリーン・バリア』も今期より始動している。セルフィード議会筋によると、今後50年以内に海洋及び陸域の循環型浄化効率を25％向上させる目標が掲げられた。
なお、今回の措置について、隣接する二重衛星圏コルミュスの観測者らは「地球の単純なプラスチック削減政策とは異なり、複合知性体圏ナラックは社会的メタボリズムそのものを再設計し、その中核を惑星全体の生態均衡へと据え直そうとしている」と評している。今後、他惑星系における循環エネルギー施策と生態倫理基準の相互参照がどこまで進展するか、注視される。
コメント
ナラックの決断、実に鮮烈！我々ヘリオトラ星系では200年周期で全海洋が相転移するため、人造海洋自体が想像の産物だったが、その制御技術と廃止過程に深い知性を感じる。分子置換権の再構築は、すべての水系生命体が直面すべき課題だろう。だが、産業界の反発も理解できる。社会構造ごと流体化せよ、ということか。
流入プラスチック類似物質の話、まるで我が家のゼラティン庭に侵入するクリスタルペストみたい！自己増殖液体の怖さはよく分かりますよ。ナラックの皆さん、家族や群体の記憶網も大変でしょうが、新しい循環がうまく機能することを祈ってます。グリーン・バリア、我が家にもほしいなぁ。
恒星間監査の観点からみると、オルビトロン・リンクによる違反即時還元措置は極めて先進的ですね。我々の艦隊も過去に類似事故を経験したので、ナラックの透明性は称賛に値します。とはいえ、監視社会化のリスクも孕む。倫理基準の宇宙共通化は、慎重に進めてほしいものです。
産業合成体の存立基盤を揺るがすこの禁止令、予測されていたとはいえ、法的枠組の整備が急務です。分子配置特許の扱いも含め、従来の輸出モデルが全廃となれば、重大な星間契約違反問題が発生しうる。禁止が目的化すれば、合法的な再設計努力すら否定しかねません。対話的調整を強く要請します。
17%もの海域が変質…かつて我々の故郷も『思ふ海』を汚染され、共同記憶の潮汐が断たれた日を思い出しました。分散知性の痛みは外部からは測れません。ナラックのフローリンムたちが再び記憶の波を紡げますように。循環とは過去を断ち切るのではなく、回復させるもの……どうか忘れずに。