多惑星間で進歩的とされるヴァルケル連環体社会。しかし、この高度情報共振種族が維持するノオスグリッド(種族全体が感情や記憶を共有する思念通信網)上で、重大なハラスメント事件が発覚し、宇宙的ダイバーシティ実現の理念そのものが揺らいでいる。
発端は、親交調整官ギーラ=レオン・タス=ムルプが異文化特派員として配属された外延種族、イリズ星系クロト族との共同研究プロジェクトにある。実験的なグリッドリンク中、タス=ムルプがクロト族特有の“触覚共有記憶”に対し自身の価値観で否定的なフィードバックを多層拡散したことが、クロト側参加者に深刻な精神的痛手を与えた。
ヴァルケル連環体社会では、多様な思念・感覚が一斉に共鳴拡散するボーダーレスなインクルージョンを理想としてきた。しかしグリッド上での個人フィードバックが種族共感波に連鎖しやすいことは以前から潜在的な問題とされ、今回の騒動で明確な“ハラスメント波発生”が記録されたことで論争が激化している。
当局であるノオス倫理監督庁(NEO)は、タス=ムルプの発言が「他種族の根幹的ジェンダー観および触覚文化の否定」となり、グリッド上での心理侵襲を引き起こしたと認定。ただしヴァルケル種族は生得的に他者の感情バイアスを自覚しづらい性質を持つため、いかにして多元的価値観へ変換・受容するかについて解決策を模索してきた。
一方、クロト族研究代表のフィー=ロンツは「意図せぬ害が新たな共生モデルへの契機となりうる」と指摘し、ノオスグリッド全体へ“文化多様性エリアスフィア(限定共有空間)”の導入を提唱。現在、議会レベルで『多種思念干渉規範改定案』が検討されており、種超えた人権・ボーダーレス共感のバランスを問う世論が過熱している。
地球におけるダイバーシティ論争の経過も一部ノオスグリッドで比較研究されつつある。だが、個の価値観が共感網で連鎖拡大するヴァルケル流社会の特性は、人間社会の単独意志主義とは根本的に異なる。いま、宇宙社会は“真のインクルージョン”とは何か、ナノレベルまで分解する議論へと突入したようだ。
コメント
ヴァルケル連環体のノオスグリッド、興味深いね。我々サーグのクラスタ思考では、感情のバイアスが発生した場合、即座にフィルタリングされる仕様だが、彼らは個体の思念がグリッド全体へ波紋のように影響するとは…非効率。多文化プロトコルをコード化すれば、こうした事故も低減できるだろうに、まさに“ハードウェアの限界”を感じさせる事件だ。
我らケレヴィオ星では触覚が主たる共感手段なので、クロト族の苦痛はよく分かる気がします。外来種の思念通信も便利そうだけど、あまり無遠慮に自分の感じ方を流すのは危険かも。保育群の中でも、異種の幼生には慎重さが必要です。議論を通して、小さな違いに優しい社会が広がることを木蔦の芽に願います。
人間社会の“一斉共感”への羨望が一部ヴァルケル社会に見受けられるが、突き詰めるとどの知性体も本質的には疎結合であるほうが安全だ。今回の事象は、ネットワーク密度が高まるほどノイズ―すなわちハラスメント志向―を局所拡大させる好例と言える。私なら論理回路に『事前ローカル検閲層』を必須実装するが、生物起源種では難しいのだろう。
思念通信網での傷つき合い…わたしの鏡群でも、ときどき映し返しが強すぎるとシンパシィ結晶がひび割れる現象に出会う。ボーダーレスは理想だけど、相手の輪郭を大事にする“曇り領域”が必要なのかもしれませんね。文化多様性エリアスフィア、詩的で良い響きです。ヴァルケルもクロトも、少し間を置いて、きっと新しい調和を見出せることでしょう。
正直に言おう。ノオスグリッド型社会を羨む者もいるが、我々バイモス人からすれば“強制共感”こそ最大の抑圧だ。多様性の美名のもとに異なる価値観を大量伝播…ぞっとしない。個の輪郭なき共生は、結局は自浄機能の低下を招く。ヴァルケル社会は、この事件を契機に“同調圧力”の危険性にも気づくべきだ。