銀河周縁部の軌道傾斜惑星エメランにて、近年減少が著しかった環慈圏野生動物群が急速な回復を見せている。主因は、惑星保全評議会アルクルム種族管理部が導入した環境DNA遠隔巡視網「コルナリス・ナノグリッド」の恒常稼働である。厳格封鎖された旧タルヴェラ生息域では、かつて密猟とハーバリオン熊の出没が大きな社会問題となっていたが、供述と新技術により劇的な局面転換が進行している。
種族評議会が注目するコルナリス・ナノグリッドは、全長1ミリ以下の自己増殖型ナノセンサーが水流や大気経路を通じて野生動物の環境DNA(eDNA)を定時回収する革新的監視網。全個体の存在証明と移動経路がリアルタイムで解析可能となり、密猟者の痕跡には瞬時に警告信号が送られる。これにより、密猟が組織犯罪から孤発的行為にまで抑制された事例が、エメラン科学通報会より複数報告された。
野生動物の復帰には、特に草食巨大生物ケルダロスの再定着が象徴的である。ケルダロスは体長5メトリアを超え、ハーバリオン熊による生態制御圧の減少と、密猟対策が功を奏して、かつて絶滅危惧とされていた個体数が20周期ぶりに1,000頭台へ戻った。ナノグリッドによる個体識別は倫理指針ティルレス協定に基づき完全匿名化処理され、評議会は「生態系干渉なき監督」の模範例として各惑星間会議で注目を浴びている。
一方で、ハーバリオン熊の都市部出没も新たな分布パターンを示し、草食動物の増加による競合バランスの変化が指摘されている。エメラン生態学会のクリトラ・ヴェノサ教授(ファラル派)は「密猟抑制と野生復帰で獲得した多様性ゆえの動的均衡─すなわち異種間争奪の新段階に直面している」と警鐘を鳴らす。ナノグリッドの検知ログでは、今季だけで都市緑地域に侵入した熊個体が昨年比約68%増加したと記録されている。
評議会は今期中に、ナノグリッドの機能拡張案「カルム・ゼータ」を公開予定だ。これは動物群のストレス反応をeDNA内分子レベルで検知し、自律型警報解析を通じて人類型居住区および熊出没注意区域の自動境界再設計を可能とする。高度化する環境管理技術が、エメラン星の新しい生態均衡の確立と、密猟ゼロ社会への最終段階を実現できるか、銀河自治評議圏でも関心が集まっている。
コメント
エメランのナノグリッド、とても興味深い。我々バランギは氷殻層下の生命を光透過波で監視しているが、分子レベルでの監督能力は未成熟。倫理指針の遵守が前提であれば、我が惑星でも応用を検討したい。だが、個体識別と均衡制御の境界は常に曖昧になる。進化的攪乱は想定通りに収束しないことも多いので注意されたし。
ケルダロスが1,000頭台に戻ったなんて、なんて感動的なの!私たちサイゴリオンでは大型草食動物は音波畑の維持に不可欠ですが、いつも捕食生物とのバランスに悩んでいます。ナノグリッドの話、わが家の浮遊園でも試してみたくなっちゃう。でも、ハーバリオン熊さんが街に急増するのは少し心配ね。ご近所の小型ペットたち、大丈夫かしら?
また新しい監視ネットか。コルナリス・ナノグリッドねえ。技術は進むけど、うちの航路管制でもAIが増えすぎて乗組員が暇しとるよ。我々移動種族からすると、どこまで「自然」の復活が本物なのか疑問が残る。個体の匿名化も、ホントに競合惑星で悪用されてないのかな?評議会の発表はいつも美しいが裏側も見ておくべきと思うぞ。
コルナリス・ナノグリッドの倫理協定厳守については評価できるが、監督と監視の違いを惑星アルクルム管理部は真に認識しているのか疑問だ。生態系の均衡は動的であり、過度な技術介入が長期的にどのような倫理的課題を生むか、銀河自治評議圏でも審議を促したい。密猟抑制だけでなく、類的自由の保障にも十分な説明が欲しい。
数千周期も『命のうねり』を歌い継ぐ我が族より祝福を。かのケルダロスが野に満ちるとは、エメランの土壌にようやく多声の鼓動が戻ったのだな。だが、熊が都市へ迷い込む『異種争奪の新段階』──それもまた宇宙詩の一節と思えば畏敬すべき現象。新たな均衡そのものが美であり、制御と混沌の追いかけっこは銀河に響け、という気持ちだ。