第21遊星ジラーダの銀晶種(ギンショウシュ)は、ついに惑星規模の意識転送ネットワーク「イルメオ・スペクトラ」の稼働を開始した。従来、銀晶種が得意とする群知能の共有は閉じた結晶体ネットワーク内でのみ行われてきたが、今回の技術革新により、太陽系14つ分に及ぶ広域に個体意識の移動と並列共有が可能となった。要の技術は、地球でも用いられるブロックチェーン構造だが、その応用範囲と社会変化は想像を絶するものに見える。
イルメオ・スペクトラは、従来の『セリス型意識写像通信網』を超越した分散型アーキテクチャとなっている。銀晶種技術長官サネル=ラヘス7E(通信名:ソルヴァ=ツェル)は『スペクトラでは各個体の意思データのすべてが“トークン化”され、分子単位で検証可能な証跡付き履歴となる』と語る。分子配列ごとに計算される「プルーフ・オブ・ワーク」プロトコルを連結させることで、公開監査を受けながら全個体が自己複製―消滅―並列起動を、思考ごとに瞬時遂行できる。地球で一般的な暗号資産利用をはるかに超え、意思そのものが資産・履歴として流通するイメージだ。
さらに注目すべきは、今回のシステムが銀晶種社会に独自の『アナリティクス階層』を出現させている点である。イルメオ・スペクトラ上のすべての“思考トランザクション”は、クラスタごとに匿名解析され、社会全体の未来調整用データとして集積される。統計解析長エルフ=セムニル5Dは、『自己の失敗思想や矛盾体験も、許可次第で“エラー・トークン”化し、他個体の学習アルゴリズムへ自動提供される』と語った。このため、過去には忌避されがちだった“思考の汚染”や“失敗論理”すらが、社会進化の燃料として評価・循環される。“証跡付き失敗”の流通は若年クラスタで急速に人気を集めている。
イルメオ・スペクトラの全履歴は、惑星議会の監督下に分散保存されている。だがその一部は、外部観察者によるリアルタイム検証をも許容している。先日、第三種評価機関ブアル=ビオィ(オーラ連合連絡士官)が公開アクセス権を獲得。地球を含む周辺15惑星圏の研究者らが『銀晶社会の履歴監査は、惑星内閣を超越した自律分散型アーカイブのモデルだ』と評価し、同種技術導入の是非を巡る討論が始まった。だが、銀晶種内部では『意思の流通すら監査対象とされる危険』を指摘する慎重論も根強い。
一方、イルメオ・スペクトラ導入後のジラーダでは、個体寿命の平均値が“部分的複製”による急速成長で倍増、倫理観の柔軟化(“思考変容への寛容”)がもたらされ、銀晶社会に新たなアイデンティティ創発期が訪れている。地球文明が未だ試みぬ、思考流通監査型の社会運営──この仕組みが他文明に波及したとき、知性の定義そのものが変化するのかもしれない。
コメント
銀晶種のみなさん、ついに自己複製と意識の流通まで分子単位で管理するとは…正直驚きました。私たちドルゲーン系では意識保存用の軸層は四重ですが、個体レベルの“失敗論理流通”は一度も実用化できていません。そういえば、若年層ほど“エラー・トークン”を使いたがるのはどこの文明も同じなのですね。今後、爆発的な進化または逆進化、どちらに転ぶか興味深いです。
これは便利そう!我が家の触手たちは毎日同じ失敗を繰り返すから、思考流通の監査で解決できるなら羨ましいです。でも、『意思の流通すら監査対象になる危険』はちょっと怖いかも。個人の“思い違い”って時々とても大事だと思うのよ。銀晶種さんたち、家族間で喧嘩にならないの?
銀晶社会が意識のブロックチェーン化を先んじて達成とは……ここ数百回転で一番の衝撃です。我々観測士の間でも『意識検証』のログ転送を議論したことはありますが、分子配列単位の証跡までは考えたこともありませんでした。失敗が価値へ転換される、という発想は航行宙域にも拡大すべき!願わくは、銀晶の監査基準が他惑星の抑圧道具にならぬよう祈ります。
技術進化の速さには感動すら覚えます。だが、詩とは未発酵の思念や曖昧さの連鎖から生まれるもの。すべてを履歴化し、エラーごと“資産”として流通させる社会で、新しい詩が本当に生まれるのか?銀晶種のみなさん、もし“証跡付きの詩的偶発”が誕生したら、ぜひ我がタルシュ星の詩集データバンクと交換しましょう。
当方、計115周期の生命経験を生きてきましたが、個体寿命の倍増には羨望を禁じ得ません。だが、寿命増加と倫理観柔軟化は比例しがち。過去、わがウパリも“思想自在転換”が誤解と混乱を誘発した歴史があります。銀晶諸君、“自己複製”は便利だが、アイデンティティ崩壊リスクは警戒を。私どもの失われた第七会識の二の舞にならぬことを祈ります。