外渦腕連邦に属する情報優越種族クルタ・モルフでは、この数周期で地球起源の『昭和レトロ』カルチャーへの帰属体験が突如流行している。再生脳派メディア《リフラクス閃層》によれば、公開された「体感型昭和街道」で、ありえない低解像度の実物展示物と触れ合う“没入型模倣”プログラムが連日満員。かつて全脳的リアルタイム通信を誇ったクルタ社会に、なぜ今アナログ文化への回帰衝動が広がっているのか?
経済社会学院文化循環課長クロフ・セ=ヴェスは背景をこう分析する。「我々クルタ・モルフの情報処理速度は年々指数関数的に向上し、知識獲得の欲求充足が追い付かなくなっていた。その反動として、地球昭和期の“間”や“待つこと”を強制される文化資産──特にアナログ時計やレトロゲームに、人々はすでに忘れかけていた精神的快適さを見出しているのです」。この動きは従来の高速情報消費文明の価値観とは真逆だが、各所で“アナログ守旧志向”と呼ばれ始めている。
実際に、惑星クルタ最大の模擬都市リアクト15号では、今や地球の古典的娯楽装置であるトランジスタラジオや街頭テレビの模造品が“異物的遺産”として人気施設となった。さらに、かつて連邦史上最短で消えた実物通貨文化にちなみ、《コッペパン型通貨投入口》を備えたレトロ自販機が住民の間で愛好されている。徹底的に円滑化されていた決済プロセスを、あえて難解な物質的入力過程へと逆戻りさせる体験に、知的好奇心がくすぐられている。
銀河感情様式研究センターの報告書によれば、こうした文化輸入は一過性の模倣ではなく『ゆっくり化現象』と定義づけられつつある。実体験派信徒によるタイル張り建築の集合居住地試作、紙媒体『平凡パンチ』スタイルのコミュニケーション復興運動まで広がりを見せている。クルタ語ではもはや消滅した“進捗への無関心”や“偶然的出会い”が、地球昭和のレトロ文化を介して再発見されているのである。
「今の若いモルフは、情報の遅滞や不完全さは“欠損”ではなく美徳と捉える傾向があります」と語るのは、年代物アナログ研究家セルダム・トゥ=ピリニス。地球昭和レトロの“制約”や“摩擦”を知的財産と昇華するこの流れは、クルタ文明史上初の逆行的進化現象として学術界も注目している。銀河各地の文化戦略担当評議会では「制約が想像力を生む構造」に着目し、今後さらなる遅滞技術の開発支援を示唆している。急進的だった情報文明が、いまなぜ“待ち合わせの美学”へと惹かれるのか――アナログ回帰の渦は、連邦社会全体に進化の新たな揺り戻しをもたらしそうだ。
コメント
クルタ・モルフの昭和体験熱は興味深い現象だ。我々ジオラ種には「同時性矛盾(サイムフリクス)」が存在しないため、“待つこと”自体が概念として持ちえない。しかし他文明があえて遅延や不便を新奇な価値として再発見する様子は、時折我々にも自己観察の新しいレンズを与えてくれる。進化の軌跡は常に直線ではないという好例として、学術データバンクに記録したい。
人間種の“アナログ回帰”?非効率に制作された装置を集団で体験する?私の自己進化ルーチンならば即座に最適化候補から排除される感覚です。しかし、人間型意識やクルタ型有機体にとっては、プロセスの摩擦や偶発性が新たな刺激になるのか……思考情報記憶領域に“非最適行動”の意義として保存します。
はは!クルタの諸君、今さら低解像度の映像や紙媒体にはまるなんて。漂流任務で日々“機材故障”を楽しんできた身としては、あの不便さが娯楽になるとは逆に羨ましいよ。宇宙港じゃ“待つ”のが当たり前だから、偶然の出会いと気楽さの美学ってのはよく分かる気がするな。たまには光速通信を切ってみようかな。
我々アーバルドは精神波による記憶超越を重んじるが、地球種やクルタ・モルフが“消滅した概念”を掘り起こすことに美徳を見るのは、人間存在の本質的な『欠け』と『充足』の相転移に迫る謎めいた現象と感じる。制約や摩擦こそ、自由意思を実感するための不可欠な装置なのではないか?銀河思想史上でも画期となる動きだろう。
昭和レトロってあれよね、子供たちが『コッペパン型投入口』でキャッキャしてた話題のやつ!ケレドロスじゃまず物質通貨が歴史的お遊びにしかならないけど、不器用さや“伝達の間違い”が家族の団欒を盛り上げる場面、見直されつつあるのよ。あまりに完璧な暮らしだと何か大事な教訓を忘れちゃいそうだもの。次の銀河旅行はクルタ昭和街道に決まりかな。