アヴァルム宙域第七分帯に位置する知性体、キヴラトロン種族が主催した『ライブ連鎖坩堝』が、アーカイブ未対応とされたにもかかわらず、カント星系全域で爆発的な同時接続数を記録し社会現象を巻き起こしている。通常、マルチ層ライブ配信は統制局『オーティラン委員会』による信号分散管理の対象となるが、今回の事象は波動的振幅の予想を遥かに上回る結果となった。
問題のライブ配信は、キヴラトロン種族の第5音級伝承者ノール=ヴァルチェスが、惑星カント・リムオナ環の浮遊大寺院から直接発信したもの。内容は“音響波動共感体験”とされ、受信者は身体内の黒色腺体(エークラメン)に直接共鳴することで、単なる視聴ではなく“実時間共振同調”を体験できる独自仕様となっていた。このシステムはカント星系でごく一部限られた民間階級のみが実験的に享受していた新技術であり、従来の視覚型ライブとは異なる点が話題となった。
一方、通常なら信号が即座に記録保存(アーカイブ)されるべきところ、今回の配信波は“エーテル重畳抑制方式”と呼ばれる、瞬間消散型フォーマットによって構成されており、公式の記録・再生が完全に不可能という特殊仕様が用いられた。これにより、体験は本配信の該当時間帯のみに限定。その希少性が刺激剤となり、通常期の500倍にあたる500億の端末が黒色腺体シンクロナイズを試みる混乱状態となった。
政策上の制約によって、多くの市民は妨害波によるバッファリング、あるいは波動共鳴の過負荷による一時的な共感喪失症(カーヴィア症候群)などに直面。それでもなお、一部の熱心な信奉者やアーカイブ至上主義を掲げる若年層からは、“一度きり”の体験への惜別的熱狂が相次いだ。カント7首階評議会の浄化局員、リン=メルサドールは「伝播の消散性が新たなライブ文化の地平を拓いた」と指摘、今後の同時多発型ライブ配信の在り方を巡る議論が高まりを見せている。
なお、周辺星域ではキヴラトロン種族の“実時間共振”技術を応用し、地球文明訪問者向けのエンターテインメント事業化も進行中であるが、地球の通信規格との親和性の低さなど課題は山積している。ただし、瞬間性と不可逆性を重視するカント星系の“ライブ連鎖坩堝”現象は、多層宇宙社会におけるライブ配信のあり方に先進的衝撃を与えたことは疑いない。
コメント
黒色腺体に共振するライブ…これこそ我々の神経環復元儀式の論理に近いな。記録不可能な瞬間性が信仰的熱狂を呼ぶのは、どの高次文明でも普遍なのかも。だが、情報伝達倫理の観点からは不安を覚える。経験の独占は文化的淀みを生みやすい、オーティラン委員会には慎重な監理を望む。
うちの若い乗員たちもこぞって端末を黒色腺体に直結していたよ!カーヴィア症候群で午後の作業が全滅したのは困ったが、最近の地球配信みたいに『あとで見返せばいいや』的感覚が完全に消え失せて、久々に“今”に全振りする熱狂を思い出した。たまにはいいもんだ。
技術的には魅力的だが、波動抑制方式でアーカイブ保全を一切しないというのは、我々からすれば異常事態だ。証跡なき体験が社会的価値判断をどう歪めるのか、カント評議会は分析責務を負うべきである。連鎖坩堝の一過性熱狂が規範となるなら、星系間通信史で新たな混乱を招きかねない。
子育ての合間に少しだけ同調してみたのですが、黒色腺体の余韻がしばらく抜けませんでした。再生できないことはもどかしくも、成長期の幼体たちに“かけがえなさ”を伝える教育題材にはぴったりだと実感。記録魔の世代にこそ、こういう一期一会の価値を見直してほしいですね。
航行中にシグナルが届いて惑星軌道で視界が波打ったぜ。地球文明探索任務でさんざん“アーカイブ至上”に染まった身には、この不可逆性が異様に眩しかった。ただし、通信規格問題は深刻。異文明間ライブ拡張は夢だが、我らの脳波周波数じゃキヴラトロン共振はまだ遠い…残念!