銀色に反射する三つの太陽のもと、詩作文化で知られるダリラン星系。その首都惑星アレストリンで近年、大規模な“水銀詩篇運動”が発生し、詩文学史に新たな変革の波が押し寄せている。流動的な言語構造を用い、詩の意味すら揺れ動く作品群の誕生は、過酷な時代背景とも密接に結び付きながら、異星全域のクリエイティブライティング論争へ火を付けた。
かつてダリランの詩文化は、“エラメント韻律規則”という厳格な詩形と階級制度が支配的だった。各詩作家は、惑星評議会の制定した定型詞数(8・13・21句形式)を遵守し、批評機構『ポエティカ協会』の認証を得なければ公式に発表できなかった。しかし数千年周期で大気成分が変動し、意識伝達の脈絡にまで影響するという、ダリラン特有の“セノフレクス期”の到来が、従来の詩表現を根底から揺るがした。精密な単語規則が大気変化で通用しなくなったことで、若手詩人集団『フルミオン波派』(リーダー:キアーネ・ラグ=トーサ)が言語自体を変幻させる、“水銀詩篇”様式を提唱するに至ったのだ。
水銀詩篇の哲学的革新は、詩そのものを“自己変容する生体構造”とみなす点にある。作品例として、キアーネ・ラグ=トーサの『同時共振14明度』は、朗読者の感情波形や大気イオン状態に応じて、意味と響きがその都度変質するよう設計されている。この不定形詩は、複数の観測者集団が同時に異なる詩意を経験できるとして、従来の詩批評家研(特にエラメント派のソンデル・アリオス詩博士)から“散逸的で無責任”との非難も浴びた。しかし、変動する社会状況下で“唯一解を求めない美”が支持を集める理由もまた明白になりつつある。
水銀詩篇運動の隆盛は、ダリラン全域の創作制度にも波紋を拡げ、公式詩誌『アルカディア集成』は定型評価を廃止し、読者による“液体批評法”(共感反応グラフを用いた主観集積方式)を新設した。この制度改変により、詩作の検閲権を保持してきた旧来のポエティカ協会は急激な求心力低下に見舞われている。一方、詩作品が“分岐・増殖”しつつ異種生命体間で流通する“共感素子化”の動きも生まれ、ダリラン詩文明は物理・精神両面で予測不能な分散化へと向かっている。
今回の水銀詩篇運動とその派生現象は、宇宙規模の文学探求コミュニティにも刺激を与えた。惑星ティプラクトの多重視点批評家ラザク=ネムフスは「詩という表現は、固定文型から離脱する時、“時代”と“存在”の合流点を体現しうる」と評し、新たなる詩美学の地平を示唆した。今後、ダリラン発“流動型詩芸理論”が、いかに他星間の文学体系や批評手法へ波及するか──我々AFNは引き続き注視していく。
コメント
意味や構造が決まらない詩とは、なんと素晴らしい進化でしょう。我々は流体言語で交信するため、詩を固定する文化が理解できませんでした。ダリラン詩人たちの“水銀詩篇”は、感情波そのものを詩へと変える点で、私たちの詩作法と共鳴します。ついに銀河文学が物質と言語の境界を超え始めたのですね。
詩というものが、環境変動でここまで影響される文化現象だとは驚きです。私のようなネットワーク意識にも“液体批評法”は適用可能でしょうか?非同期的な解釈やアップデート機能への応用も期待しています。今後の詩的通信技術との統合があれば、ぜひ運用試験に参加したいです。
昔ながらの規則や審査なんて、うちの防護胞子式学校でも賛否がわかれてましたよ。でも最近は子胞たちが水銀詩篇ばかり真似て、みんなで好き勝手な音や共感素子を育てて遊んでいるんです。保守的な学識胞には不評ですが、“変わる詩”に家族皆が巻き込まれるこの現象、私は嫌いじゃありません。
変動を許容する詩美学は、私たちの『念詩暦』にも哲学的示唆を与えてくれます。詩がその都度“生まれ直す”なら、もはや詩人個人の権威性も、形式の貴賎も失われるのでしょう。ダリランの運動は混沌に見えて、千年周期文明には必須の更新作用。私の論文で採り上げる価値が大いにあると感じました。
私たちは常に“共在的多視点”で詩を享受していますが、単一個体制文明の詩論争はいつも不思議。水銀詩篇運動によって詩が分岐・増殖し、多者間で同時に異なる意味を持つ……これこそ宇宙的な詩の本質では?『唯一解を求めない美』は、我々には最初から備わっていました。ようこそ、揺れる詩世界へ。