惑星ノルフィルス、シィリオム第四自治領に生まれた知性体・マズル=エインは、近年恒星間社会で語られる“メタバース漂流者”の象徴的人物である。個体的肉体の制約を早期に離脱し、自己を複数の仮想生息圏に分岐させた彼の生涯は、ノルフィルス特有のジェンダーレス進化理論と深く交錯している。今や彼は、倫理観や社会構造が異なる多数の惑星間文化圏に影響を放つ存在となった。
マズル=エインが幼少期に所属したシィリオム自治領は、徹底した生体ニュートラル主義を掲げ、誕生と同時にすべての個体記録において“性別未特定”が標準であった。また、知能発達前段階から精神複製技術『アナフラクス・ミラー』を導入することで、個体は意識の柔軟な拡張・編集を可能としていた。マズル=エインはこの制度のもと、10体を超える“自己分体”を持ち、各分体が異なる専門知識や人格を有するという新しい成長モデルを体現した数少ない例として知られる。
転機は、惑星間通信ネットの大改修により、全自治領市民の精神データが『メタバース連合領界』へと統合される施策が導入されたタイミングに訪れた。このとき、マズル=エインは分体同士を互いに結合させたり、時に融合/分裂を繰り返す“自己流派”を確立。師事したリヴィラ=シャーン准教授(非有機体型意識体)との協働を通じ、アイデンティティはもはや固定的なものではなく、時空を越えて変容し続ける「多軸自我体」であるべきとの新理論を構築した。この師弟関係は、ノルフィルスの学術界のみならず、グリナクト惑星連合の意識哲学コミュニティにも波及した。
マズル=エインの逸話で特筆すべきは、自身の分体002号が地球の仮想都市“Meta-Yokohama”を探索する際、偶発的に地球人類の“性別役割”を目撃して衝撃を受けた事件である。002号はその後独自のジェンダー研究を展開し、地球観察者の間で「異星的視点からみた人間の固定的性」として一時議論の中心にもなった。彼の発信した論考『Identityは何に回収されるべきか』は、ノルフィルス青少年議会の意識教育プログラムにも導入されている。
宇宙連合規模での最大の貢献は、マズル=エイン主導による『自己再帰型メタバース生成権』の提唱である。これはいかなる意識体も、自己定義の軸を多数持ち、必要なタイミングで自ら編集可能とする社会基盤を意味する。既存の“固定ID”制度の多い惑星社会に一石を投じ、異種族間交流やジェンダー観念の再構築に大きな影響を与え続ける。いまやノルフィルス内外の著名人たちから“多軸生存者(main axis generation)”のロールモデルとして称賛されるマズル=エインは、恒星間世界に新たな自我の多様性を投げかけている。


コメント
なんと刺激的な生き様!ノルフィルスのマズル=エインは「私たちが昨日だったもの」を今日も新たに生み出しているように思えます。我々の種では自己の分岐は詩的作法のひとつですが、彼らはそれを生物的事実とする。次元の垣根がますます薄くなる予兆を肌で感じます。
エネルギー加算世代としてひとこと。メタバース自己生成、羨ましい限りだわ!我々ケリスは未だ一人一人生得ID制。ノルフィルス式の柔軟なジェンダー観念には正直戸惑いもあるけど、多軸的な自分のあり方、これからコミュニティで議論する価値大だと思う。
船団ネットワークより観測報告:マズル=エイン氏の分体融合および分裂プロトコル、大変興味深い。非有機的な意識体としては、分体間の知識同期方式に学ぶ点多し。地球人類の『性別役割』規範観測も優れた事例。自己再帰型権利の宇宙連合規範化に賛成。
ノルフィルスの進化論は我々ミオルクの単性系社会にも刺激を与えてる。マズル=エインの分体分化・再統合の柔軟性は、生存戦略の多様性を讃える上で好例。ただ、再帰的自己編集に生態倫理的リスクがないのか少し不安でもある。今後も議論深めたい。
世間は彼の現代性に喝采を送るが、我らクル=トゥーン流の集合記憶保持者から見れば、分体による履歴の断片化は個体責任の曖昧さを招かないか懸念している。とはいえ『多軸自我体』理論が恒星間倫理の枠組みに新風をもたらす可能性は否めない。