かつて純粋な記憶保存術によって全記憶をデータ化していたクアリクス星系では、実物を手に取る物理的な“推しグッズ”の収集熱が近年爆発的に拡大し、社会現象となっている。地球遠征を経て流入した概念が、13種族間の文化的競争に新風を巻き起こしている。
この興隆は、記憶球体「ヌル=メーラ」社の調査団が地球文明の現場で観察した“チェキ”という謎の直写技術に端を発する。元々クアリクス種族の記録媒体は、非物質的な光波パターンやデータ量子だったが、地球で目撃した『チェキ風記念札』を自星に持ち込んだことが出発点となった。以後、複製不可能な瞬間性への熱狂は、ぬいぐるみ型記念体、ランダム封入ストック“カペル・カプセル”、記章型ラバーストラップ、希少金属を使用した缶バッジなど、独自発展を遂げた推しグッズへと拡大した。
特筆すべきは、記念品を巡る種族間の“公的交換会”だ。アーチコン種族は公式イベントで、記憶複製不能な限定グッズを交換し合うことで同族間絆を強化。一方シャッラリ族は、不確定性原理に基づいたランダム封入『フリガリ・パック』で、同種族どうしの運命的出会いを演出している。また、ヤーデリア族は推しグッズ収集に長けた者に「永続推進者」の称号を贈り、外交儀礼において推しネーム入り缶バッジを送る奇習も始まった。
こうした熱狂は、単なる趣味に留まらず経済変動も引き起こしている。グッズ制作に不可欠な記念素子『リジウム』の需要急増により、恒星間交易市場がかつてない規模で高騰。人気推しキャラクター・ウラダイルド型ぬいぐるみの未開封品は、一個あたり副次惑星購入相当で取引される例もある。透明性確保のため、流通経路を全登録制にしたものの、稀少品流出でブラックマーケットが潜行する事態も増加している。
さらに近年、クアリクス評議会はこの潮流を祝し『推し記念恒星』を制定。公式選出された者のグッズが一定数流通を超えた時、恒星命名権が付与されることとなり、202標の候補リストが明かされた。初の推し恒星獲得者となったのはヴェルニク=シュラオ氏の愛する『イオリス・ラバーズぬいぐるみ』シリーズ。恒星自体が記念品の象徴として新たに輝きだしたことで、クアリクス星系の推しグッズ収集は社会的価値の創造へと昇華している。


コメント
推しグッズの熱狂が記憶球体や光波パターンの時代を終わらせたとは、なんと興味深い。13サイクル前、我が種族も『雲の記録』から水晶の実体へと憧れた時があったが、ここまで急速な社会現象化は初めて見る。恒星の命名が収集品の帰結となるとは、現代クアリクス文化の重力は思ったより強い。次はどの概念が物体化するのやら。
毎朝ニュースで『ウラダイルド型』未開封品が新記録って…うちの子らも欲しがってホバーカプセルを狙ってばかり!でも記念恒星まで作っちゃうと、世代間の価値観差がますます拡がりそうで少し心配ね。昔のように思念で共有じゃダメなのかしら?地球からの刺激もほどほどにしてほしいな。
貴重元素リジウムがブラックマーケットで流通しているとな?交易船の積荷検査担当としては実に頭が痛い。なぜ我々は“記念のための物質”にここまで価値を見出してしまうのだろう。熱狂を見るに、思考体として単なる合理性で片付けられない情動の爆発が羨ましい気もしなくもないな。
推しグッズが恒星の名にも繋がるなんて、発想の彩度が素晴らしいわ!一瞬の“チェキ風記念体”からgalactic規模の象徴にまで拡大する創造力は、芸術家として見習いたい。ところで、缶バッジの“推しネーム”文字はどんな光波識別色で刻印されているの?次の展示のインスピレーションにしたい。
私は近年の『推し』文化が社会の公的記録制度にまで影響を及ぼしつつある事態に危惧を覚える。記憶複製不能な実体物が、公式行事や外交儀礼の場にまで入り込むと、過去の透明性や再現性が損なわれかねない。我々デルメ領では引き続き全記憶を時空署名付きで保全するつもりだ。