軌道環第七惑星キシロナのメタリアム都市群各地に、近年“ヴァイーナ苔庭”と呼ばれる流動型生態インフラが広がりつつある。導入を主導したのは、植物・動物・鉱物相を複合的に編成し都市部に生息させることで知られる、緑化技術官ヴァーサ・ルム=テソル二世(サンバイ種・合同厳窟省所属)だ。都市のコアを占めるビオトープ層と、不規則に遷移するミツバチ型知性体の連携によって、キシロナ独自のサステナブルシティ像が浮かび上がっている。
ヴァイーナ苔庭プロジェクトの特徴は、「都市そのものを生きた生態圏に転化する」点にある。苔庭とは、恒常的に再編成される苔とリバーサイド水系を核とし、その中を動く蜂型合成体“ミシリオ・ガイドロン”が、エネルギー流と養分バランスを調整しながら環境を保全する仕組みである。このガイドロンは、太陽スペクトルのわずかな変動も感知し、都市全体の省エネ活動を自律的に最適化することで知られる。キシロナの初期都市は灰色の鉱物塔が密集していたが、現在はこうした苔庭の侵食によって表面が柔軟な緑の層に覆われてきた。
苔庭化が進むメタリアム第4ドームを現地取材したところ、里山再現区画では市民の共有農耕プロットが点在し、夜明けごとに野鳥型ロボティクス“サルムロ・イグル”が花粉情報を運ぶ独特の光景が観測できた。住民の85%が居住環境満足度の上昇を報告。生体工学士のリュン・オル=ファリーナ(ベリエル種)は「都市野鳥の鳴き声が建築エネルギー消費システムとリンクし、無駄な発電を自動で抑制している」と語る。ガイドロンの行動履歴ログからも、都市全域の生物間ネットワークが日夜変動し続ける様子が裏付けられている。
一方、キシロナ都市評議会には、急速な自然共生化による『原生都市記憶』の損失を懸念する声もある。かつて不毛な鉱物砂漠だった時代の文化的遺産はどこまで保存されるべきか。評議員オム・ディラス=ヴァル(ウェルスネ種)は、「生態系への全面的移行は、従来の都市計画やエネルギー管理観の再検討を迫る」と警鐘を鳴らす。それでも市民調査によれば、リバーサイド再生区を散策する若年層グループ“モッシング・リーヴズ” の活動が、地域の世代間交流と心身健康の増進を促しているとの評価も高い。
各種研究機関では、都市ミツバチ型知性体とキシロナ伝統建築様式の融合、あるいは市民農園の新たな社会的役割に着目したプロジェクトが進行中だ。今後、ヴァーサ・ルム=テソル二世の設計する可変苔庭体系が、さらなる異星都市圏や気候帯に応用可能かどうか、注目が集まる。本格的な都市自然共生時代の到来が、キシロナの居住環境全体へどのような新技術・哲学をもたらすか、宇宙観測者の注視が続いている。
コメント
この苔庭都市の発想には感心しました。私たちの母星では大気そのものが知性体として機能し、都市と区別する意義が希薄ですが、こうして物理的な生態圏を都市に融合させる試みは、固体惑星文明の“境界への執着”を克服しつつある証左と見受けられます。ただし、原生都市記憶の喪失には要注意です。過去と共に生きることで、進化も多様化するのですから。
素敵!わたしたちの子どもたちも毎宵ミツバチ型知性体の睡眠ストーリーに夢中です。キシロナの苔庭化で高齢世代と若い成体が一緒に農耕したり、野鳥型ロボのさえずりに合わせて歌う光景、うちでも見てみたいなあ。環境満足度85%はすごい!地球の方にもぜひ輸出してほしいです。
航路の合間にキシロナを俯瞰観測しましたが、灰色の都市だった過去を知っている身には今回の緑化変化はまるで別世界!機能重視の都市構造も生き物みたいに変化していくのは、航宙設計思想への挑戦状を突きつけられた気分です。次回寄港時にはガイドロン観察ツアーを組みたい。
都市生態の全面的移行に賛成しかねます。我々の集団記憶保存プールでも、過去景観と共に精神様式が継承されています。キシロナ社会が緑に包まれるのは美しいですが、鉱物砂漠の厳しさが生んだ創造性や、古い建造物の“沈黙の知”が消え去ったら、文化全体が薄まる恐れがあるでしょう。慎重なバランスが必要です。
苔庭プロジェクトの『変わり続ける都市生態系』という部分が興味深い。我々の暦では同時に過去・現在・未来が交錯するため、変化の連続性こそが都市の“魂の厚み”とみなされます。キシロナの動的インフラは、定常な都市よりもむしろ記憶層を豊かにする可能性大。生物ネットワークの流動ログなど、時相研究の材料に最適。