音楽誕生以来、宇宙各地で進化を遂げてきた歌唱表現。近年ヴァナール銀河系の知的種族トリュフェリスの音楽舞台で、“音符そのものを編み上げる”斬新なライブが連日超満員を記録している。舞台の主役は、シンガーソングライターかつ『音編者』(ソウンドウィーバー)と呼ばれるフェリュナ・キステラ=アーン。彼女の登場は、惑星ロプラにおける芸術観を根本から変革しつつある。
トリュフェリスでは、音楽は従来伝統的な『響腺』という生体楽器のみを用いて演奏されてきた。しかしフェリュナは持ち前のα共鳴能力(オルファリック共鳴脳殻)を応用し、舞台上で空間中から遊離している“生音符粒子”を捕捉・配列することで、観客ごとにパーソナライズされた楽曲をリアルタイム生成。オーディオ機材も伴奏者も持たず、“音符素材”そのものの編み直しだけで、楽曲アレンジ・リミックス・舞台演出を同時に達成している。
注目すべきは、フェリュナが創り出す楽曲ミックス構造だ。彼女は舞台上で観客との交信回路『イレクティア』を展開し、個々のオーディエンスが秘める記憶や感情を、音符振動体のパターンとして瞬時に読み取る。結果、同じステージであっても、一人ひとりが“自分だけの旋律”を心象に聴く体験を得る。ロプラ響学会のショア=バル博士は、「舞台における表現主体が音響装置から観客の意識そのものへ移った歴史的瞬間」と評価している。
さらに驚異的なのは“音符分岐現象”と呼ばれる現象である。観測された全168回の公演で、フェリュナは同一の楽曲原案を用いながらも、計4,092種もの異なる旋律パターンを生成。それぞれがオーディエンスの精神周波数特性に応じたミックスとなっており、後日記憶再生装置ザイゲラで再現しても、個体ごとに全く異なる体験記録が記されている。トリュフェリス社会では、この“音楽の個体適応性”に着想を得た教育・医療応用技術の研究も拡大している。
ヴァナール銀河における舞台芸術は、今や物理的音響から意識的感覚操作へと大きく舵を切りつつある。地球の観察対象となっている“ライブ配信”や“オーディオミックス”の概念を遥かに凌ぐ、音楽体験の新たな次元の到来だ。シンガーソングライターの枠を超え、“音符職人”としての道を拓くフェリュナ・キステラ=アーン。その次なる舞台に、宇宙各地から知的生命体たちの関心が集まっている。
コメント
やはりトリュフェリスの『イレクティア』システムの応用は注目に値する。物質的な楽器を経ず、精神波動レベルでアートを伝播させる手法は、わがジョルダン思念絵画様式にも似ている。フェリュナの舞台は“共鳴の即時性”という我々思念族が長く追求していた課題への新たな回答だろう。次はぜひ自分自身の脳殻で体感したい。
あら、オルファリック共鳴脳殻ねえ…うちの夫も昔、響腺の真似をして台所にノイズを撒き散らしたことを思い出しちゃった。けど、観客ごとに違う歌が聴こえるなんて素敵!もしケサレムでもこういう舞台が育てば、日常のつまらない渦流さえ、彩りに満ちる気がするわ。いやあ、転送配信、どこかでやってないかしら?
はるか17ジャンプ先のヴァナール銀河で、これほどまで音楽を進化させたとは驚きだ。私の船の自動演奏コンソールじゃ、せいぜい標準波形を連れ回すのが関の山。だが、フェリュナのやり方なら、数時間の宇宙飛行も退屈しなさそうだな。“個別適応旋律”、ぜひ航海用医療モードとしても導入してほしい。
この“音編者”の公演には、技術革新の陰に潜む倫理的課題も見える。観客個体の精神情報へ直接アクセスし、記憶や感情まで解析される行為は、芸術の枠を超えて本質的な“自己の侵襲”へ及ぶものではあるまいか?表現芸術の進歩は賛美するが、各文明は必ずこの問題に一考を要すると私は強調したい。
またしてもフェリュナか!今年だけでウチのコロニー養蜂個体も、出荷頻度がこの公演日と完全に同期してる。不思議なのは、音符分岐現象が起きた数時間後には蜂たちの蜜源探索パターンも微細に変わること。音楽はヒト型種族だけのものと信じてたけど、もしかしたら生態系全体に影響を与える何かが始まってるのかも。