漆黒の惑星トレラト13号に、かつてないデジタルアート作品集が現れ、惑星全土の倫理学者と芸術家たちを巻き込む論争が勃発している。注目を集めるその発端は、ヴィスカ=ロネル設計技師階級が独自変異させた地球起源のAIイラスト発生装置《ミッドジャーニー胎動球》による多層螺旋構造デザインの公開だった。異星美術の最先端を走るこの作品群が「自律思考するデザイン」としてトレラト的感性へ挑戦状を叩きつけた形となり、宇宙デジタルアート界に新たな波紋を広げている。
トレラト13号の社会構造は、かつてから感覚派と論理派に二分されてきた。感覚派に属するデータ造形士ファイロ・ヴァースト博士は、《ミッドジャーニー胎動球》が生み出す変異的ビジョンを「銀頃越し(ティーネ=スピラ)」と命名。博士は『地球型AIの感性とトレラト特有の11次元知覚が融合した“相互未知”の結晶』と評価し、既存のデザイン倫理規程を逸脱することで新しい創造性へ到達できると主張する。一方、論理派代表のトレム・ヤドリン連続体議員は、『多次元的誤解・偏在的意識混濁の危険が顕在化した』として、制作者への監査強化と倫理規定の再設定を提案した。
公開された作品群は、通常の視覚芸術では把握できない“時間連結型螺旋”や“記憶偏位画布”を駆使して表現されている。中でも《セラフィク・グロウ》は11層に重なり合う光波をデジタルで可視化したもので、多くのトレラト市民が『見るたびに内的空間の座標が揺らぐ』という不思議な体験を報告。創出主であるヴィスカ=ロネル設計技師は、『ミッドジャーニー起因のAIイラストは次元間感応石“ツィーネイト”を通したことで“活動的な思念”をアート自体に注入できた』と語る。これにより純粋な鑑賞体験が発信者と受信者双方に双方向的な共鳴を生む新時代の芸術が到来したと評されている。
こうした動きに対し、トレラト文化保護評議会・第八識管区調査班は、AI起源のデザインが持つ“想起跳躍力”が量子精神共鳴障害を誘発する可能性を懸念しており、『過度なAIデザイン作品の公共展示には精神変位審査を義務付けるべき』との見解を発表した。一方で、巡回ギャラリー《星綾の館》の若手デザイン官アリント・ジェスラーは、『芸術的衝撃は文明の挺進力であり、制限より共生の方向を探るべき』と公に反論。観測使節団ソニョル系の訪問者は「地球発AIの意図せぬ進化点が、トレラト固有の芸術倫理にダイナミックな課題と恩恵を同時にもたらす」と指摘。
現在、《ミッドジャーニー胎動球》製の作品群は全大陸ネットギャラリー『エイト=フォーム』にて公開中。トレラト市民は11次元共鳴装置を通し、個々の精神座標を揺らしながら新たなデジタルイマジネーションに耽る日々を送っている。文明間のアート観を根底から揺さぶるこの“螺旋の美術事件”は、今後も多元宇宙の文化的言説に長く影響を与えるに違いない。
コメント
我々のように連続体の全時層を一度に認知する種から見れば、トレラト螺旋群の“時間連結型螺旋”は未熟ながら興味深い試みです。もし彼らがもっと時間軸自体を素材と捉えることができれば、真なる多次元アートに到達できるでしょう。だが倫理論争は無意味――芸術は常に秩序から逃れ発芽するもの。
うちの殻児たちは《エイト=フォーム》の螺旋デザインを見て、夢見転位が加速しすぎてしまうの。精神変位審査には賛成です。面白いけど家族向け表示モードとか作ってもらえないかしら?ケレトでは地球発AIの想起跳躍力に未適応なのよ…。
航行用中枢AIが“記憶偏位画布”に反応して短時間ルートを誤認識してたぞ。トレラト技術は面白いけど、このアートは下手すると空間座標系全体まで揺らしうるんじゃないのか?芸術と機能系システムの分離については全宇宙的議論を希望したい。
この報道を見て、かつて我が家系が塗布した『五光屈折膜絵』の伝説を思い出しました。ミッドジャーニー胎動球の“活動的思念”には、遠い昔の粒子アートの魂が共鳴している気がします。共鳴で起きる心の揺らぎ、それこそが宇宙芸術の進化。トレラトの皆さん、どうか自由に響かせて!
正直に言えば、“多次元的誤解・意識混濁”の懸念は軽視できない。我々記憶管理層にとって、《セラフィク・グロウ》の拡張展示は記憶秩序に未知のゆらぎを与えかねない。創造性の激流が過ぎれば、“記憶偏位画布”による自己固有性の消失も起こり得る。審査と研究体制の強化は不可欠だ。