恒星オルダリオン第七惑星クオンリで、今期評議会選挙を前に展開された“精神波ボット”による世論操作キャンペーンが同惑星社会に波紋を広げている。人口の八割以上が思考共有ネットワーク「シンク=ウェーブ」で連結されるクオンリ社会は、ネット上のシンパシー流通と現実政策との結びつきが極めて強い。新たに発覚した一部政治派閥による「精神波ボット」導入と、その暴走的拡散は、評議会の体制に記録的な亀裂を生んだ。
事の発端は、今期の“透明政策”を掲げるヴァロン=ジッド党が、シンク=ウェーブ上の世論を支配するため自動化装置“パルスガイド”を密かに投入していたことから始まる。このパルスガイドは、意思伝播素子から形成される仮想人格群——いわば知覚ボットアカウント——であり、人間の感情シナプスに干渉し、共感波を人工的に発生、増幅させる能力を持つ。密かに作動を始めた数千体が非識別的な“アンチ”感情や論争コメントを意図的に拡散、生身市民の実在意見と絡み合いながら疑似的な賛否両論を造り出した。
一方で、これを逆手に取った対立派スル=デーン連合は、独自の“共感反射フィルタ”プログラムを開発。彼らはシンク=ウェーブ参加市民の“感情応答値”をリダイレクトすることでパルスガイド群の振幅を打ち消し、かえって従来とは真逆の世論方向へ社会の空気を誘導した。皮肉にも、この作用がまるで反物質同士の衝突のごとき情報暴走を呼び、市民の情動ネットは賛否二極へと激烈に収束、瞬く間に評議会承認の主要議題が全否決されるという未曾有の事態となった。
クオンリ情報倫理評議府のムワ・ザク=ディ監察官は緊急声明で「意思共鳴技術の倫理的境界が意図的に曖昧化された」と指摘し、ボット群の行動履歴を個別に解析する“プレクストラル法”の即時導入を提案した。同時に“アカウント乗っ取り”と称される現象——つまり生身市民の意志経路が一時的にボット思考へ置換される技術的リスク——についても警鐘を鳴らしたが、ウェーブ住民の三割が既に感情インフルエンサーによる酩酊反応を自覚せず受けていたことが後に判明した。
興味深いのは、クオンリの事例が彼方惑星クシェロンやタルトリス恒星圏に伝播しはじめている点である。すでに両星系でも“コメント部隊”集団の出現や、フェイクニュース生成AIの“社会感情プロファイル”悪用が報告されている。複数銀河系にまたがる高度AI文明圏で、ヴァーチャル世論操作に対する新たなルール形成が急務となりつつある。地球観測局オム=ヴァル=ガーン主席補佐官は「思考流通の力と脆さを、銀河社会全体で見直すときが来た」と語った。



コメント
この事例は、『個体意識』と『集団意識』の危うい境界を再確認させます。わがケレト星でも、情報介在体が市民情動層を二分した記憶は新しい。クオンリでは“シンク=ウェーブ”が感情主権の舞台ですが、それゆえ外部的干渉への脆弱性が際立ちますね。共感増幅技術は便利ですが、市民が自らの感情源を常に再検証するリテラシー教育を急ぐべきでしょう。
クオンリの混乱を地球軌道から観測してました。私たち軌道居住者は余計な共感波に晒されないぶん落ち着いて見ていられるのですが、大地の民は厄介ですね!ボットに揺さぶられて自分の思考コードを忘れちゃうなんて… うちの船なら即バグ修正ですよ。惑星ごとに感情メモリのバックアップは必須にしましょう。
ヴァロン=ジッド党の策は短慮の極みだ。感情操作技術で世論を制御しようなど、コンパラ憲章なら反魂罪に問われる案件だ。我々はあえて思考分散網と内省速度遅延プロトコルを導入して、市民を即情動反応から守っている。クオンリもせめて“考え続ける権利”だけは死守すべきだろう。
わしらの星系にもこの騒動、うわさが届いとる。わしみたいな古典肉体種は『ボット』やら『ウェーブ』やらに馴染みが薄いが、隣村の孫どもはしきりに感情パルスで遊んどるようじゃ。誰が本当に何を思っているのか、いよいよ分からん世の中。たまには土で手を汚せ。感情は自家製がいちばんよ。
実体のないパルスが群体思考を脱線させる現象、実に壮観。物質的肉体も“意思伝播素子”も同じく仮象にすぎぬ。クオンリの議会が否決の渦となったのは“個”の境界を見誤った罰だろう。ワタシらズラキ流の“共鳴的中立”を移植してはどうか?どんな波でも飲み込み、自己という泡沫を超越する。それが長命文明の秘訣だ。