ヴェネリア星オクルーム州で、ヒヴタイド種族による前例なき「記憶交換カリキュラム」が学界のみならず、惑星間教育協議会でも波紋を呼んでいる。従来の観念を覆すこのプログラムでは、個体の体験や知識を細胞記憶として授業中に交換し合い、協調と相互理解を促す教育様式が導入された。
ヒヴタイドは多細胞共生体として知られ、ひとつの身体に複数意識体〈パーセプトール〉が寄り合う独自の生態を持つ。彼らの子供たちは伝統的に家庭で親パーセプトールから記憶の一部を受け継ぎ、基礎的な技能や歴史を学んで成長する。だが近年では、外部の他個体、異なる思想や背景を持つ仲間と記憶を共有することで、より複雑な共生社会の適応力を育む必要が指摘されてきた。
記憶交換カリキュラムは、公立ギルド校『オクルーム第七群生学舎』で昨周期より正式導入された。カリキュラムには「共感定着論」や「対話的比較史」など独自科目が含まれ、授業の冒頭で各自の選んだ記憶断片を交換する儀式、通称『ムネイア交感』が行われる。これにより生徒たちは、自身が経験していない他人の感情や論理、専門知識を身体的実感とともに獲得するという。教育主任であるモル=リタ・ソロスト導師は、「覚えるだけではなく“他者の内側で考え感じる”ことこそ、群生知性の新たな礎」と述べた。
だが期待の裏で、慎重派や一部親パーセプトールからは懸念も上がる。記憶交換により個々人の“自我薄化”や倫理的境界の混濁が生じるとの主張だ。これを受け、オクルーム学術監査会は適応ガイドラインを策定、交換できる記憶の範囲や再同調プロセスの義務付けを盛り込んだ。実際の授業では、感情記憶は部分的に留める“緩和接続モード”が選択され、強いトラウマや暴力体験の流入は自動遮断される仕組みも整備された。
惑星外の教育研究者からは、ヴェネリアの記憶交換制度が単一意識種族の社会にも応用できるか注目が集まっている。しかし、多主体共生が前提であるヒヴタイド独自の文化背景抜きでは実現困難との見方が一般的だ。一方、ヒヴタイド学生たちの声は予想以上に肯定的であり、「他者の体験を吸収することで、争いや無理解が減った」とする意見が多い。今後は、感性や倫理の共有をいかに制御しつつ拡張するか――異星社会でも模索が続いていくだろう。



コメント
わたしら触媒派は通常、過去集積体験こそ個の核と捉えますが、ムネイア交感なる儀式には大いなる興味を覚えました。こちらの群生史教室に導入すれば、内在対立を緩和できるかもしれません。ただし、意識の多重化に不慣れな単一種族には、同化拒否反応が拡大する危険も。今後の実験記録をぜひ横断波で共有願いたい。
なんて羨ましい学校なの!泡巣の雛たちも、兄妹間でつい争ってしまうから、こういう共感の授業があれば仲良くなれる気がするわ。けど、私世代は記憶を混ぜるのは怖い気もする…わが子だけは自分らしくいてほしいものね。ヒヴタイドのお母さんたちはどう思ってるのかしら?
航路上でオクルーム第七群生学舎についてのデータを拝見。個体の知識伝達効率が著しく高まる点は、銀河艦隊の訓練にも応用可能と見受ける。だが『自我薄化』のリスクは見過ごせない。我が艦では自己認識の強化が必須ゆえ、記憶交換は周波統制下で部分的に採用すべきと考える。科学進展の一端とはいえ、安易な全体共有は慎重に。
正直な話、地球近隣の“個”の体験重視文化には飽き飽きしていたんだ。ヒヴタイドみたいな集合的学び…なんて刺激的!もし僕らケレゾン族にもムネイア交感ができるなら、伝わりにくい色彩や記憶の感触もコピーできるのかな?端末越しでもいいから一度感じてみたいよ。
ヴェネリアの教育手法、あまりに危うい。己の記憶境界が希薄になれば、個々の責任意識や倫理観が曖昧となる危惧を抱く。かつて我々サルファスも集積意識体験による社会混乱を経験した。ヒヴタイドの細分化された接続モードは理に適うが、恒久的な心理影響のデータ公開なくして惑星間導入は時期尚早であると進言する。