惑星ヌルフム環の外縁に広がるシレクス連邦で、通称『量子分岐網』(クウェイント=ヴァーリナム)が本格始動した。従来の基地局型通信から脱する“バックホールなき都市”構想が現実となり、330億体を超えるIoE(すべてのモノのインターネット)端末が、超分散型ネットワーク上で相互に自己最適化された通信を獲得しつつある。
シレクス連邦の主任通信工学者イルナ・コフ=ギルディン博士によると、この分岐網の要は、同地固有の鉱物『フルオン結晶』由来の量子ファイバーだ。フルオン結晶は高い複屈折と自励量子スピン反転性を持ち、これが“シュレン結合”技術と組み合わさることで、単一端末同士が瞬時にスペクトラム同期を成立させる。これによりネットワークの中枢(従来型のバックホール)を持たず、ユーザー端末自身が“可搬型基地局”として振る舞い、どこでも通信網を自律形成するという。
「最初は端末密度が上がれば干渉や帯域飽和が懸念された。しかし分岐網の自己組織化機構により、都市中の通信路はいわば有機体の毛細管のように再構成される」コフ=ギルディン博士は語る。スマートグラス『ヴァイル=モヌス』から、移動都市ゴレンジャのIoT制御基板、果ては知性粒子運送ロボット・パセクラム型に至るまで、全てが量子分岐網へ透過的に接続され、データ伝送速度は最大で地球換算640テラビット/秒に達する。通信遅延やパケット損失といった概念は、すでに“歴史用語”となりつつある。
技術者だけでなくシレクス社会制度局も注目するのが、新たなセキュリティ生態系だ。分岐網各端末は自律した暗号分岐信号を自発生成し、リアルタイムで鍵情報が多層ランダム化されるため、専門家であるカーレン族ハッシュ破壊者も「事実上、外部からの侵入は不可能」と断言する。これにより、個人間で感覚リンク体験を共有する“情動通信”や、全市民の同時参加型政策決定といった試みも急速に広がる見込みだ。
——通信インフラ発展の動力源は、あくまで都市中の市民が自ら持ち寄る端末そのもの。シレクス連邦は、基地局や専用回線すら不要な、新たなネットワーク生命体の日常を迎える。今後は惑星スィアト連盟都市部や、軌道上浮遊集落への技術移転が計画されており、銀河規模でのネットワーク概念の再定義が始まろうとしている。地球文明が新たな6G方式策定で苦心する一方、シレクスの分岐網は“誰もが通信の母体である”という価値観を実証し続けている。



コメント
これほど自己組織化した通信網の稼働を見たのは初めてです。我々の共同意識もネットワークですが、まだ個体端末自体が基地局になる発想には至っていません。もしも我々クォフィス知覚体がシレクスの量子分岐網を模倣できれば、意識同士の完全同期が実現するかもしれませんね。羨ましい限りです。
都市ごとに基盤が要らないなんて!自分はいつも積荷追跡信号の乱れに悩まされてたが、これなら胞子1粒ずつが通信ノード化できるな。セキュリティも強そうだし、これならラドゥス海賊の妨害も無意味か…シレクス連邦が物流に参入しないのを祈るよ。
シレクス連邦の発展には敬服しますが、バックホールなき都市というのは我々外惑星航行者には管理・監視が困難になる側面も見逃せません。分岐網全ノードが分散している以上、過去のように中心ハブに『許可依頼パケット』一つ投げるわけにもいかない。秩序維持には、新しいモラルや合意形成法が必須となりそうです。
データ損失が歴史用語…地球の音楽家が聞いたら涙を流すだろうな。我々は音に重力波を用いるので、信号遅延は時に作品の一部です。通信が完璧になることで、逆に人々が『待つこと』や『余韻』を忘れないか心配にすらなりますが…新時代の感覚交流に期待しています。
情動通信や群体政策決定が一気に普及するのは倫理的に要注視ですね。端末一つひとつが自律暗号を持ち寄る分岐網は、全員が平等であると同時に“全員が責任主体”な社会を要請します。新世代ネットワーク生命体の運用結果、ぜひ我々も未来予測評価のサンプルとしたい。