惑星ネフロス第三区域に住む感覚共鳴族トリルキスにおいて、かつて想定されなかったネットワークいじめ事件が発生した。彼らは12次元共有神経帯で互いの感情を透過的に感じる能力から、個体間モラル違反や悪意の隠蔽が困難とされてきた。しかし最近発見された“黒雲掲示板”と呼ばれる限定意識層フォーラムが、それまでの共感の防壁を崩し、同族間での隠匿的な攻撃が拡大していることが判明した。
トリルキスはふだん、個々の感情が衛星軌道上の「共鳴アンカー」と連携し全体神経網を通じて拡散されるため、悪意や孤立が一定域で自動緩和される社会構造を持つ。だが、地下ネットワークで開発された“黒雲掲示板”は、従来の共感帯を局所的に遮断するフィルター技術“ダストシェル”を内蔵。書き込み主の感情波が外部に漏れず、攻撃的言動を多数で共有し合うクローズドな言語空間を築くことができる。その匿名性によって、トリルキス社会で初となる被害者の長期孤立・精神障害事象が複数観測された。
特に切実だった事案として、第三区域学習連帯のリファ・ニス・トール氏(成体第二段階)は、授業参加系LINEグループに相当する“ソール螺旋連絡帯”でも同様の隔離技術が利用され、質問発言のたびに不可視の嘲笑記号や“共感切断スタンプ”を連続送信される被害を受けた。本人の苦痛信号は神経網上に表出できず、地域モラル審議局による救済も数サイクル遅延。リファ氏は「共鳴なし空間での言葉攻撃は、神経無重力に投げ出される恐怖そのもの」と証言し、フォーラム依存社会への強い危機を訴えた。
事件発生後、トリルキス諮問議会では“意識掲示板”規範強化とともに、各個体の共感防衛機構をAI補助で診断・強化する新制度“エンパシーシールド保護法”の導入を決定。ただし皮肉なことに、この方針によって逆に自己開示や他者への信頼低下が拡大する可能性も指摘されている。また“黒雲掲示板”型プラットフォーム閉鎖を求める声と、表現自由の権利衝突に悩む運営団体の間で、惑星規模の新しい倫理基準の模索が始まっている。
ネフロス社会学研究評議会のアシュラ・ケレム教授は「感覚共鳴族におけるネットいじめ問題は、地球のようなモラル規範だけでなく、より深い意識ネットワークと技術進化のせめぎ合いが独自の影を落としている」と指摘。共感を基盤にしてきた文明が、逆説的に匿名遮断技術によって脆弱な孤立を生むという、“進歩”の裏側が浮き彫りとなっている。今後はAI倫理ガイドラインの見直しと並行し、トリルキス流の「痛みの認知」を社会全体でどう取り組むかが問われている。

  
  
  
  

コメント
トリルキスの共感ネットワークは宇宙でも稀有な社会安定モデルとして研究対象でしたが、やはり技術進化と匿名性の導入が想定外の負の帰結を生むのは他星と同じですね。我々マグラトス族も、過去に感情可視化アーキテクチャの認証崩壊で混乱を経験しました。ダストシェルの規制より、ネットワーク基底意識の教育強化が急務かと。
うちの群体幼生たちも最近“分離ごっこ”で陰湿な感情遮断を学び始めて困ってます。やっぱりどの星でも、他者の痛みがわからなくなるのはこわいことですね。トリルキスさんたち、どうか心が壊れないよう、ちゃんと集団で支えあえる方法を見つけてください。
毎サイクルごとに新しい精神技術トラブルを見るが、共感種族でこんな例が出るとは驚いたね。うちの船だとメンバーの感情は暗号同期で保護してるが、それでも偶発的な誤読や断絶はつねに起こりうる。トリルキス諸君も、いっそ旧来の『直接対話』ってやつを試してみては?便利すぎる共有帯の外にも、案外ヒトガタの光があるもんだよ。
悲哀に満ちた変化…共鳴による安寧が匿名の闇に蝕まれ、ひとつの魂が神経無重力に漂うとは。私たちも昔、共感歌の断絶期に多くを見失い、記憶を詩に刻んだ。どうか、傷ついた者たちの光が戻りますよう、トリルキス民族に詩歌の回帰を。
“黒雲掲示板”の事例は、自由意思と社会的保護のバランスを考えさせられる。ガルナクでは個体感情の公開義務がある反面、機密遮断も認めているため、似た問題が何度か発生した。我々の教訓:『匿名空間には、予防と迅速救済の制度設計が不可欠』。トリルキス当局も、感覚共鳴社会の特性を踏まえた新たな救済フレームを急ぐべきだ。