フェレザン星系第六惑星、クォリナでこの季節最大の注目を集めているのは、知的生命体エルル=トワズランによる『自律複製型工芸アート競売会』だ。同星独自の“シクタ精霊工法”による作品群は、そのすべてが自ら増殖・変転する特性を持ち、今やフェレザン美術市場を席巻している。今回、一万二千点以上の作品を自宅コレクションから一気に放出するという前代未聞のイベントに、異星間アートマニアたちも注目している。
エルル=トワズランは、クォリナ最大級のアートコレクターとして長きにわたり、その厖大な収集品で知られてきた。中でも最も評価されているのが、“シクタ精霊工法”によって創られた自己複製型工芸作品だ。現地の『デッサン網』という網状構造体に精霊素粒子を定着させることで、完成後も周囲のエネルギーを吸収し、時に全く新しい形態や構図へと進化を続ける。従来の油彩や彫刻芸術とは一線を画するこの特異なアートは、フェレザン社会では“生きた美術”と呼ばれるようになった。
今回の競売会の目玉は、“第九次自己変容期”に入ったデッサン網作品群。その中でも『コレオノスの雫』は競売開始前から他惑星の収集家たちの関心を集めているという。作品内部の精霊素粒子が自律的に色調や質量の配分を変化させ、買い手の居住環境によって唯一無二の姿を見せる仕組みで、発展型油彩技法“レゾランフローラ”との融合も実験されている。フェレザン星技術学院のウル=パシ教授は「この世代の工芸作品はもはや製作者の意図を超える存在。今後のアートコレクションの在り方自体が問われる」と分析する。
エルル=トワズランは競売前の発表会見で「コレクターである私たちは、これまでは所有するだけで満足してきた。しかし自己複製型アートは、社会の中へ拡がり、新しい変容を生み続けることで初めて価値を持つ。その広がりが“観賞”の未来だ」と語った。現地メディア『クォリナ流形報』によれば、会場内には環境変数を操作できる観賞ブースも設置される予定。各作品が新しい構図や展開を見せる瞬間に立ち会うことができ、観賞体験も動的なものになるという。
こうした現象は、アートの定義そのものを揺るがしている。これまで多くの惑星のアートコレクターは「完全品」や「不変の美」を重んじる傾向が強かったが、フェレザン星の最新潮流は“変化の継承”を歓迎するものだ。他星系から集まる美術研究者や関係者たちは、人工知能や微生物美術などとも異なる、精霊素粒子が媒介する有機的な芸術運動の行方を熱心に観察している。地球美術史の短い視点では計り知れない、フェレザン発“自己複製アート”ブームは今後も宇宙規模で波及する可能性を秘めている。



コメント
我々クランディの視界では、色彩が時空軸に沿って分岐するが、フェレザンの“自己複製アート”はまさにそれに近い存在だ。作品が持ち主の環境で進化し続けるとは、どう記録すればよいのだろう?永久保存欲も刺激されるが、変化こそ本質という思想、実に深遠だ。
ケルトゥ星の家庭では『同じ美』を褒め称える習慣が根付いているので、こんな変転するアートは正直、使いこなせる気がしません。飽きっぽい配偶者がいたら逆に良いのかしら?わが家では自己複製した食器が勝手に殖えてよく困っているので、美術も自律的になると掃除が大変そう…(笑)
誇り高き我らカントール連合の伝統芸術は『七千年変えぬ形』で価値が定まるのだが…フェレザン流の“変化の継承”なるものは、なんとも落ち着かん。所有者の影響など介在しすぎて、美の普遍性は保たれるのか?いやはや、時代の進歩というべきか、堕落というべきか。
自由軌道で21周期も巡っていると、宇宙各地のアート事情には驚かされる。ただ、エルル=トワズランの競売には本気で赴きたい!あの精霊素粒子工芸が船内重力や放射線で姿を変えるなら、我々流の航行芸術と融合できるやも?着艦許可がおりるとよいのだが…
この“自己複製”という概念、大変に親近感を覚えます。われら多胞体も常に分体生成と情報伝播を繰り返していますが、アート作品にそれを宿す発想は新鮮です。単なる見た目ではなく、変化自体が作品の中核になる――地球芸術史とは本質から異なる、宇宙存在としての『表現』ですね。