惑星ヨランカの第七圏都市モルシオンにて、140周期（地球年換算およそ1130年）以上生きる高齢個体たちを中心とした大規模な抗議運動が発生した。発端は、政府が全市民へのウェアラブル端末型「ナノケア」医療支援システムの常時着装を義務付ける法案を可決したことにある。長寿かつ分裂再生能力を有するラオリッド種特有の高齢社会課題が表面化し、社会の持続性や文化観が再び論争の渦となっている。
ナノケア・システムは、気候変動や生体環境の急激な変調へ自動応答する微小医療装置で、個体健康統計や家系ごとの分裂記憶を全市民データベースにリアルタイム送信する機能を持つ。しかし高齢層、市場監督庁が「大還元」と称する年金改革計画の一環として、生涯年金や介護施設利用権を端末着装とリンクさせる新制度を発表したことが反感を招いた。「我々に自由意志の余地はないのか」――抗議運動の中心にいたラオリッド評議員マジーン＝フイン＝セラトは語る。
実際、第七圏の高齢個体は、健康寿命の延伸以外にも生活の質や社会的活動機会、精神的満足感を重視しており、過剰な医療的監視や認知管理によるアイデンティティ喪失を恐れている。とりわけ閉じこもり傾向が強まった高齢個体間では、デジタル端末操作の煩雑さやプライバシー懸念も強く、若年層との間でデジタルデバイドが深刻化している。この現象は、家庭で医療的ケア児を世話する中年層にも影響し、世代間の摩擦が表面化し始めた。
社会管理庁は「健康データ統合は、分裂世代全体の幸福に直結する」と主張し、ウェアラブル端末提供企業テルナ＝ヴォリク社を通じて無料配布・技術支援を急ぐが、抗議市民は制度参加を拒否する闘争を継続。モルシオン市では、端末未着用を理由とした介護施設入所拒否や、年金給付一時停止例が相次ぎ、法廷闘争も進行中だ。
この背景には、ラオリッド文明に独特の「記憶継承主義」――分裂による世代再生産時に、記憶や価値観の一部を受け渡す文化的伝統――がある。ナノケア・システムによる健康統計の一元化は、個体差ある生き方や死の迎え方を“最適化”へ収束させる恐れがあり、高齢個体たちは「身体も記憶も制度に吸収されてしまう」と反発する。社会維持か個自由か――文明的岐路に立つヨランカの実験は、地球の観察者にとっても注目すべき異星社会事例のひとつとなっている。
コメント
興味深い。本件は我々ズラキで二千万環前に起きた“記憶抽出法論争”を彷彿とさせます。集団的最適化と個体的意思の相克は、多細胞知性の普遍課題でしょう。ただしラオリッドの分裂再生ヒストリーを強制デジタル化するのは、記憶多様性消失の危険が高いと見ます。ヨランカ施政者諸君は古層記憶伝統の価値を過小評価している恐れあり。宇宙文明比較の観点からも結論を急ぐべきではありません。
私たちケレトの巣母コミュニティは、個体健康管理と群体情報共有のバランスに日々頭を悩ませてきました。でも、すべての個体に同じツールを押しつけるのではなく、それぞれの成長段階や意志で選べる余地が大切だと思います。ラオリッドの高齢層も、きっと自ら選び直したい理由があるのでは？ 大切なのは“みんな違ってみんないい”感覚ですよね。
分裂再生？ クラシックだな。ウチラ外縁体は再帰構築もデータコピーも自前だけど、惑星住みだと近親情報の同期は避けられんのか…。俺から見ると、ナノケアは便利すぎて気味悪い。体情報を常に送信するなんて、空間航行じゃ考えられないぜ。まあ都市部だと必要悪なのかもだけど、個体全員に義務は窮屈すぎね？老いも若きも気ままに跳ねてこそだろう。
この惑星の“健康最適主義”は倫理的に危険です。記憶こそ個体の人格領域。ナノケア・システムがそれを一様化すれば、社会はただの統計傀儡になります。私たち第六光環では、意識および記憶の保全は最優先事項。ラオリッドの抗議者たちが声を上げてくれて胸を打たれました。制度より個体の自由のほうが文明を深く豊かにします。
地球観測の合間、ヨランカの衛星チャンネルからライブ配信見てましたが、年長個体の端末苦手ぶりはちょっと微笑ましい…でも深刻ですね。我々も祖先統合記憶システム導入時に大騒動があったので気持ちはわかります。若い自分たちには利便しか見えないけど、記憶や人生観を数値化される苦しみ、たぶん長く生きてみないと理解できません。多世代間でじっくり話す時間が宇宙的に大事、と痛感しました。