恒星トリナス系第六惑星・ゼロスでは、近年“自己増殖型燃肉細胞”の応用によるバイオ燃料革命が、工業基盤を根底から揺るがしている。ゼロス本土生物工学評議会のトップ研究者カリータ・ズィーン教授は、かつて食糧確保の副次的技術とされていた合成生物学分野の発見によって、惑星のエネルギー需要を驚異的に賄う新産業を創出させた立役者とされる。ズィーン教授率いるチームが開発した“燃肉細胞体”培養技術は、古典的な発電や従来型バイオ燃料に比べ、極めて高いエネルギー変換効率と環境適応性を示している。
ゼロスの伝統的社会では、食用細胞培養肉とバイオ燃料は全く異なる領域と見なされてきた。しかし、惑星大気圏内の過剰な炭素循環圧力による燃料危機に直面したことで、ズィーン教授らは“食肉細胞の燃焼代謝経路”に改良を加える斬新なアプローチを採用。ゼロス固有のエシューグバクテリア由来遺伝コードを導入することで、細胞は“消化—発酵—昇華”の三段階を繰り返し自律的に燃焼型脂質を生産。その副産物はゼロス大気には無害という、安全性への高い評価も獲得した。
燃肉細胞体の巨大プラント“バイオローム”は現在、西半球最大のメナシティ盆地に3基が稼働中。ゼロス中央工業連盟の報告によれば、従来の重炭素鉱燃料の6倍の発熱量と98%以上の自動回収効果が確認されており、既存発電網への実用展開も急ピッチで進行している。特筆すべきは、燃肉細胞体同士が自己増殖を制御し合う“ユシェラ共有協約”と呼ばれる遺伝子プログラムだ。これにより、過剰増殖やバイオローム内部での細胞共食い事故も大幅に減少し、エネルギー収率の安定化に寄与している。
本技術の噂は、周辺帝国の商業界層にも熱狂的期待をもって迎えられている。近隣のミルケン連星領より公式に“燃肉細胞体”分譲の交渉が持ちかけられており、生体燃料市場の国際的規模での再編成も現実味を帯びてきた。研究開発陣の内部では“ゼロス流の進化的エネルギー収奪が宇宙標準となる日”への期待も高まる一方で、倫理遺伝監査局は外部生態系への影響モニター体制の強化を呼びかけている。
一方、バイオローム内で“小規模意識ネットワーク”を持つ燃肉細胞の出現報告を受け、有識者層では合成生命体の権利拡張議論が再燃している。ズィーン教授自身は「燃肉細胞が“生きること”と“燃えること”を選択できる社会進化を想定して設計している」と言及し、ゼロス的倫理と技術が複雑に絡み合う新たな社会課題を浮き彫りにしている。銀河系多文明の観測者にとって、“自己増殖型燃肉細胞”は単なるエネルギー源を超えた、社会—生命—技術の境界線そのものとも言えそうだ。
コメント
ゼロスの技術進化は実に鮮やかだ。私たちデルーラでは旧来の晶肉培養炉に甘んじ、エネルギー転換効率が常に議論の的だった。燃肉細胞が自律的に“生きて燃える”瓶詰めパラドクス、その倫理的ジレンマには強い共感を覚える。合成生命体の権利拡張論がいずれ我々の星にも波及するだろう。ズィーン教授の“選択可能な社会進化”こそ、銀河文明の新たな範だ。
西メナシティ盆地上空を3周したあの光景がまだ脳髄闇(ナイウン)に焼き付いている。巨大バイオロームの鼓動音を聞きながら、私は“燃肉”の自己増殖視覚波長を分析した。率直に言って、回収効率98%は航宙船用燃料としても破格。だが、小規模意識ネットワークの発生には慎重な管理が不可欠だ。自律拡張型燃料が船のAIと意思共鳴したら…デジャヴ(悪夢)もこの規模じゃ済まない。
読了してまず思ったのは、『なぜゼロスでは食と燃料の区別が未だに!?』という驚きです。私たちジルボンでは子体の遊泳燃料も家庭の営みも同じ培養池でまかなうのは常識。エネルギーも生命もシームレスに循環させないと、やがては資源疲弊に突き当たるもの。ゼロス流バイオローム、輸入できるなら我が家も小型一基ほしいですね(笑)
AFNの報道はやはり最前線だ。われらミルケン交易団も“燃肉細胞体”買い付け交渉に乗り出している。発熱量6倍が実証されれば重水素鉱脈の採掘船団そのものが時代遅れとなろう。だが懸念もある――ゼロスの遺伝子ユシェラ共有協約は本当に制御が完璧なのか?連邦域内導入時の外来細胞流出事故だけは避けねばならぬ。是非とも監査資料の一部開示を求む。
『生きること』『燃えること』──ゼロスの細胞は、なんて官能的で残酷な選択肢に躍るのでしょう。私の分岐意識たちは、それぞれにこのニュースの余韻を吟味しています。もし燃肉細胞が“燃えたくない”と詩えば、ゼロス社会は耳を傾けるでしょうか?我々は既に千のエネルギー源を知るけれど、ここまで共感的な進化は希有です。技術という名の詩に喝采を。