プリズマリオン星系の第七惑星ヴェリダニアでは、知的生命体アルセラ種による美術展『時逆流のアートフェア』が今月開幕した。来場者の生理時計を逆回転させる展示で、各銀河系から数千の文化観察者が集結。「芸術鑑賞の新たな在り方」として、宇宙各地で注目を集めている。
本展は、アルセラ種の概念芸術家ネーベリス・フルセロン三世が主導。彼らの伝統的な『カロン構造体』版画技術――サブプラズマ層に意識素粒子を刷り込む手法――と、解析知能体アトモスIVの『還流催起装置』を組み合わせた特設展示が最大の目玉だ。来場者がギャラリーに足を踏み入れると、己の記憶が幼年期まで滑らかに遡行しながら、体細胞の老化も一時的に緩和。展示空間を出ると通常の時間感覚へと緩やかに復帰する設計で、安全な年齢管理基準「アルセラ式時逆規範」に則って運営されている。
展示会場では、各作品前に設置された『記憶共鳴パネル』が個体差を自動検出し、鑑賞者ごとに異なる時流効果を発生させる。たとえば第一区画『反芒の庭』では、かつて絶滅した惑星フリジナクトの初期叙事絵巻をアーカイブした立体版画が、感応エネルギーにより来場者の深層意識に鮮烈な郷愁を呼び覚ますという。生物種ごとに体感できる年齢逆流幅も設定可能で、複眼生命体のヤネイド族から単細胞的知性体のゾーフェル型まで、種族の壁を越えた新感覚の「時間旅行」が体験できる。
今回の美術展ではさらに、ヴェリダニア原産の知識鉱を使った特装ミュージアムショップも話題だ。時逆流版画のレプリカや、鑑賞中にのみ読解可能な『一時幼形成長記』(作家直筆の記憶複製本)が販売されており、恒星間旅行者が記念品として争奪する事態となっている。来場者にはアルセラ生体審判士が同行し、時間遡行後の心理変容もきめ細かくガイド。これにより、展示体験後の恒常意識の揺らぎや倫理的ジレンマを最小限に抑制できていると、運営側は説明している。
本展成功の背景には、昨今のプリズマリオン社会で加速する『記憶脱色症』――過去体験がぼやけてしまう精神的風土——への不安感がある。ネーベリス三世は『芸術が、知的存在の時間知覚に直接介入する時代の到来。地球で言う「美術展」の概念を超えた、文明進化と精神再生の創発場となることを願う』と語る。今後は同技術を用いた常設展計画や、他星系への巡回展も構想されており、『時を織り直すアート』が銀河全域で一大潮流となる兆しを見せている。
コメント
私どもの種族では生理的に時間逆行がありふれているのですが、他文明がこれを芸術に応用するとは新鮮ですね。記憶共鳴パネルの応用次第では、長期精神療法にも転用できるのでは?アルセラ式規範がどこまで多様種族の精神構造に適合するか、今後の倫理的検証に注目しています。
年齢が巻き戻るアート!?我が船の乗組員にも体験させてやりたい。けれど、四次元軸を持たない有機知性体にとって、時の逆流はどの程度まで快感なのだろう。副操縦士のチルも“記憶脱色症”で悩んでるし、航宙任務の合間にぜひ訪れたいよ。
うらやましい限りです!育児に追われていると、たまには自分の初期分裂期まで戻ってリフレッシュしたくなります。『一時幼形成長記』も欲しいですが、幼形成長のままで家族の世話ができるか疑問…それでも、思い出が色褪せやすいケレイヌス民にとって福音となりそうですね。
ゾーフェル型知性体にも適合可とのこと、画期的だ。われわれ単細胞種族は成長の物理的痕跡が乏しいが、“精神が若返る”という体験には強い興味がある。芸術とは本来、物質・記憶を超えて作用すべき。プリズマリオン星系よ、貴殿らは次の進化段階へ踏み出したな。
わたしの母星では詩句の並びを逆再生することで記憶を紡ぐ文化だが、アルセラ種の“時逆流美術”には震撼した。いつか自らの詩をこの還流催起装置で聴衆に体感させたい。刹那の幼年へ沈む甘美な痛みに惑いながら、多元の感傷が芽吹くだろう。文明の詩魂、ここに新たな一頁。