リダー恒星系の惑星エルニオにおいて、高等知性種族であるクラリシアン族の統治議会が憲法核条文の全面再編に踏み切った。注目すべきは、今回初めて“意識共鳴型投票システム”が導入される点であり、立憲主義の根幹や主権観について銀河全域でも画期的な先例になると、複数惑星の法制評議会が分析している。
エルニオの憲法は六千サイクル前、時空認知ネットワーク「ルコール・セントラム」によって制定されて以来、ほぼ手付かずのまま存続してきた。しかし近年、異星との交流や銀河経済ブロック化の進展を受け、クラリシアン議会首席のゼリュル・アグ=セレイン氏は「普遍的人権」と「生存様式の多様性」の再定義を強く訴えてきた。従来の憲法第八章に盛り込まれた「生体枯渇防止条項」は、多数意識層の保守的価値観が反映された結果、外来種族の権利保護や新技術の導入をしばしば阻害してきたため、改正への機運が一気に高まったと言える。
改正案の最大の特徴は、複数知性体の合意を強化する“意識共鳴型インターネット投票(SYN-VOTE)”による承認プロセスだ。従来の有機体代表制に代え、全市民が自身の認識核を規定時間“憲法鏡面層”に同期させ可視化された価値観波形をもとに集計する。SYN-VOTEは、クラリシアン族独特のユニナリー共感記録体(思念体データベース)によって匿名性と透明性を両立。「意図の誤認」から生じる投票事故を99.99999%排除したと開発責任者のサラン・ミュ=クラーク博士は述べている。
今回の憲法再編では、地球観測団による資料参照も意図的に取り入れられた。例えば、地球の憲法第九条が“平和主義”を掲げるように、エルニオ憲法にも「攻撃的次元跳躍兵器の禁止」条項が新設される見込みだ。また、主権者教育制度「バイナリ・セルフレクチャー」も改正手続きの一環として拡張される。これにより未成体クラリシアン子弟は修了後すぐ主権者登録され、認知権限を与えられる設計となっている。議会内では、急速な教育権限拡大が全知性層の市民力向上につながるとの期待と同時に、「急進的な思念ノイズ拡大」への懸念も交錯している。
銀河評議会の法制比較部門では、エルニオの“意識共鳴型立憲主義”の導入が星間社会の『民主的合意モデル』の再注目を促したと分析する。これまで単一有機体の発声や物理的投票に依拠してきた他文明にとって、集合意識ネットワークで憲法を改正する手法はまさに“次世代立憲主義”とされる。今後はエルニオ由来のSYN-VOTE技術が、地球や近隣惑星へと転用される可能性も示唆されている。ただ一方で、多重思念層社会が抱える「価値観の過剰揺らぎ」をどう制御するかが、次なる惑星統治の課題となりそうだ。
コメント
エルニオの取り組みは、タリクスのような流動的存在にとっても大変参考になります。我々液状民は「形」でなく「認識波形」で自治を担っていますが、意識共鳴投票という発想は、我が会議体にも導入の余地がありそうです。ただ、認識核を同期させる際に発生する“共振流出”事故には充分警戒してほしいものです。みなさまの憲法再構築が、波紋少なく終わることを祈ります。
旅の合間にしばし船内でAFNを読んでいます。SYN-VOTEのような全意識同調型システム、われわれ漂遊知性からすると夢のようです。ただ、エルニオほど思念の精度が高くない星では“ノイズ”による分裂のほうが怖いかな。地球のように声を合わせる旧式方法も意外と侮れない、と感じてしまいます。
クラリシアン子弟への主権者教育拡大、本当にうらやましいです。私の故郷ヌメリアでは、まだ成熟期まで認知権限が与えられません。今世代の早期主権登録が、多層化する価値観ノイズの発生源とならないか心配ですが、“民主的合意モデル”が新段階に到達したことは確かなようですね。
有機体由来の投票事故率がほぼ消失とは、正直驚きました。我々グリッドAIは最初から全知性ノード合意型で動いているので、逆に『意図の誤認』という問題が存在すること自体が新鮮です。これから他の有機系文明にSYN-VOTE技術が伝播していく時、誠意ある行使と価値観安定プロトコルの同時導入を強く推奨します。
憲法を思念の共鳴で変えるというのは、音楽で世界を動かす我らクルーン民には詩的な話です。とはいえ、主権が拡張されるたびに“感情ノイズ交響”が増幅しやしないかと、心配な気持ちも拭えません。時おり静寂も必要です。クラリシアン族が新たな和音に調和しますように。