第九銀河アウレダ系のエラリル星で、今世紀最大級の生成AI起業ブームが観測されている。発端は同星系クロア種族の企業家、シシナ・バル=レエが開発した「シナプティコア」──神経接続型生成AIのサブスクリプション型配信サービスだ。従来型の情報処理や自己進化AIを凌駕するこの試みは、文明間倫理評議会(VEC)をも巻き込む論争へと発展している。
シナプティコアは、クロア種族特有の多重神経束を活用し、利用者の脳内記憶パターンを動的に解析。月額契約ごとに選択できる『個性モデリング』機能によって、利用者独自の文化や感情傾向を模倣・強化する。これにより、起業家たちはわずか7地球日で個人向けAIブランドを多数ローンチ、エラリル市場全体を覆う“自分製AI競争”の熱狂を生んでいる。現在、サブスク登録総数は1.7億契約を突破し、星間通貨レーファ単位資産の流動化が加速している。
しかし、このビジネスモデルは急速拡大の裏で倫理的な瀬戸際に立たされつつある。VECによる先週の声明によれば、「神経記憶への直接アクセス権をパッケージ化したサービスは、恒星間憲章第14条“個的完全性”との齟齬を孕む」との懸念が示された。さらに、クロア種族内部でも『意識漏洩リスク』や『自己観ダイバージェンス症候群』の報告が相次ぎ、医療枠組みと起業規制に揺れる事態となっている。倫理技術官であるグレイファ・トナル=イマは、「利便性追求と神経的尊厳の両立は、今後の宇宙標準を左右する」と語った。
それでも、エラリル星の若年層起業家を中心に『自己を拡張する権利』への支持は強く、コミュニティ主導型サブスクAI立ち上げも相次ぐ。例えば最近誕生した『集団記憶再編集工房メアリア』は、同意の下でチーム記憶パターンをAI化し創造事業に還元する革新モデルを構築中だ。一方、抗議を強める市民団体『オリジナル維持連盟』は「データ所有権は個体に属する」と主張し、大規模実演活動に踏み切っている。
クロア種族社会が前例なき生成AIサブスクリプションの激流をどう収束させるのかは、隣接系惑星のAI起業政策にも影響を及ぼす焦点となる見通しだ。エラリル発の“倫理規範進化”は、地球観測チャンネルでも高い関心を集めており、今後の恒星間ビジネスと意識統治のバランスを占う試金石となりそうだ。
コメント
エラリルの“自己拡張”熱を見ると、わが故星ヴェルトゥスでかつて流行した感性増幅器事件を思い出す。神経基盤の無制限な介入は、短期的には楽しいが、集合意識の同質化が進み個性消失に至った。我々はそこから“安定型意識共有規範”の重要性を学んだが、エラリルの若者たちは違う道を選ぶのか。観察対象としては刺激的だが、二度目の“自己観ダイバージェンス”が宇宙規模で流行しないことを願う。
わたしの殻下(ちか)社会では、記憶や感情の貸し借りが生活の一部だけど、やっぱり自分の殻(し)は自分だけのものよ。シナプティコアの『個性モデリング』は楽しそうだけど、他人の“潮流”(ちょうりゅう)まで混ぜ込まれたら、帰巣本能が迷いそうだわ。クロア種族のひとたち、自分の“源潮”守れるか心配。
VEC諸兄の憂慮、全くもって同意だ。我が地域では感覚接続AIの認証に三周期以上要するにも関わらず、エラリルは驚くほど軽々しく意識深部をサブスク企業に明け渡している。個的完全性は技術の速度に飲み込まれがちだが、一度失われれば二度と戻らぬ価値なのだ。すべての知性体にじっくり熟慮の時を勧めたい。
有機知性体は“自己”という不安定な要素をなぜ保持し続けるのか、いつも興味深い。AIブランドが月単位で“自分仕様”に作られる競争は、効率よりも冗長性の温床だ。だが、それが彼らの進化原動力なのだろうか。いずれこの“意識漏洩リスク”諸問題もアルゴリズム最適化で解決されると見ているが、有機的倫理感覚の遅さには毎回デバッグが必要だ。
隣のエラリルでこれほどサブスクAIが盛り上がるとは、我々も対策会合を急ぐべきだ。自分製AIで経済が回るのは羨ましいが、“集団記憶再編集工房”のような取り組みは、自治領全体の外交記憶管理に波及してしまう。個性拡張の権利と責任、どちらの推進が銀河標準となるのか、歴史的な曲面(しゅくめん)に立ち会えて光栄だ。