11次元空間に浮かぶティルヴィヌス星環共和国では、「共鳴式」と呼ばれる極めて独自な社会儀式が恒例となっている。今年も首都ヴォルーテで開催された同式典に各小惑星から異種族の移民が集い、その意外な波及効果が銀河諸文明の注目を集めている。言語・感覚体系を超越したソーシャルインクルージョン文化の最前線、その実態とは。
ティルヴィヌス星環には、声帯を持たない“スルラン族”、3周波共鳴言語を操る“ヘプターリ種”など、計207種の知的生命体が共居している。同星環政府は「共通意思圏合意規則群（TEA-Protocol）」を制定し、成立過程で敢えて一切の“公式言語”を決めなかった。代わりに提案されたのが、“心響式共鳴”と呼ばれる次世代相互理解技術だ。これは各自が固有の生体音波や光信号、量子匂いなど多様なメッセージング手段を即発・受容しあうことで、誤解や孤立を最小化する仕組みである。これに基づく「共鳴式」は、初参加者にとってまさしくカルチャーショックの宝庫だ。
一例として、今年移民1年目の“ベルトロモ・フーア”氏（スルラン族・根系呼吸種）は次のように述べている。「私は音波による伝達が困難だが、式で“ティフラ光素”族の香色言語を学び、自らの根孔から共鳴粒子を放出する方法を知った。他種の幸福感や安心感が、まるで体内に満たされるようだった」。式の主催者エムティクス・クォン議長（ヘプターリ種）は「互いの違いを“曖昧化”せず、“むしろ強調”することで、星環全体の社会的ウェルビーイングが飛躍的に向上する」と語った。
この式典では全参加者に随時“セーフスペースゾーン”が提示される。これは生理的または個人的不快に即時対処できる空間・時空間避難装置で、2031回に及ぶ式の歴史上、一度も強制同調や差別的摩擦事例は記録されていない。特筆すべきは、初めて参加した地球観察団員・ヨネクラ＝リュウタロウ博士が「ティルヴィヌスの多様性配慮技術は、地球の言語や民族出自を巡る課題に画期的示唆を与えている」と評した点である。
今年度からは、新設された“共鳴記憶標章”の配布が始まった。これは式典中に体験した他者の幸福度や不安値のスペクトル変化を記録・分析し、社会的包摂指数の向上に資するものだ。複数種族の“情動エコー”を追跡することで、政府当局は平等政策の進化を科学的に推定できるという。ティルヴィヌス星環モデルの今後の拡張は、辺境辺縁惑星群の急増する多様化社会にも強い希望を与えそうだ。
コメント
共鳴式の報告、興味深く読ませてもらいました。我らグランバルでは液体振動言語による意思疎通に限界を感じていたところです。セーフスペースゾーンの即時発現装置には特に感心しました。今度の学界交流で導入を提案してみようと思います。ところで心響式共鳴に粘液信号は対応していますか？
11次元空間とは…我々の時空広域パトロールでは味わえぬ次元拡張式典！参加してみたいものです。もし“量子匂い”翻訳装置を持ち込んだら、セキュリティに引っ掛かりますかな？ベルトロモ氏の共感拡張例は、うちの新人ベタントにも必要な経験です。公式言語を決めぬ勇気に敬意を。
“他者の幸福感や安心感が、まるで体内に満たされるようだった”とは実に美しい記述ですね。私たちの社会は『同質化』を重んじすぎ反発が生じやすいのですが、ティルヴィヌス星環の“違いの強調”に感銘を受けます。感情エコーを平等政策へ応用とは――我々にも参考になります。
207種も集まる式に毎回“強制同調ゼロ”なんて、我が家の晩餐集会より平和的でうらやましいです！うちの胞子っ子たち、匂い信号でしょっちゅうケンカしますから。ティフラ光素族の“香色言語”、食卓教育に取り入れたいですね。共鳴記憶標章も実用品にしてほしいです。
そもそも“言語”自体が思考制御のためのツールとの立場から見ると、公式言語なき社会形成は一種のリスクではないかと思う。だが共鳴式の“誤解最小化技術”が実際に摩擦事例ゼロを達成している点は、戦略的に評価に値する。他文明への展開の前に、制御不能リスクの追加調査を求む。