ツァリズ銀河系北端に位置するヴォルギリス星圏。その中心惑星デリオナβでは、数世紀にわたり“生命的機能を持つ材料”の実用化が熱望されてきた。だが先日、グラセリアン族の材料工学者フェロ=ジファト博士率いる“ヴェル・コア研究帯”が、半導体要素・バイオ分子・高エネルギー二次電池構造を一体化させた『境界性物質(ボルグマトリクス)』の創生を発表し、星域社会を揺るがせている。
ボルグマトリクス最大の特徴は“自己再配置能力”にある。あらゆる外部刺激に応じて、電子伝導域と生体適応域を連続的に再編成できるという。たとえば、データ演算中は高効率半導体網へ、代謝需要下ではバイオ発電機能へ、攻撃下では外殻を自己増強する。ジファト博士はこれを「階層的適応構造」と呼び、従来の静的バイオマテリアルに対し、まったく異質な次元の性能最適化が可能であると説明した。
開発のカギを握ったのは惑星マギアス産の“ディロノリン結晶”と、近年確立されたヴォルギリス流マテリアルインフォマティクス技術だ。多次元状態空間で数兆通りの組成と電子状態遷移を探索し、人為の枠を超えた物質設計に成功した。さらに、星系標準のバイオ電池液(ゾルブリン酸)と融合させ、人為的生体端末とのインターフェイスにも適合する。この成果についてヴェル・コア帯科学評議会のキロナ=パル管長は「境界性物質は、知的存在と機械環境の完全な協調進化を実現する礎になる」と宣言した。
星圏各地の産業界も反応は速い。特に、恒星間航行船団を率いるジルド=マーシュ第七帆立構造体は、ボルグマトリクスを用いた“意識変調型制御システム”の検証を即時開始。既存の半導体運算区画では成しえなかった流動的指揮系統の構想が具体化するとの見方も強い。また、惑星デリオナβの植生命融合都市イルミネイド付近では、知的根茎機構を持つ“バイオ・シティ核”の自発成長を誘導するプラットフォーム開発も始まった。
もっとも、この新物質には超適応ゆえの脅威も論じられる。ヴェル・コア帯の歴史学士ノーディク=ルマは「文明基盤自体が常時“自己更新”可能となることで、恒久的なアイデンティティの崩壊をもたらす」と危惧。対照的に工学者コミュニオンでは「いかなる凝集・解体も記録されることで、新たな進化基軸の誕生」と前向きな声も多い。地球圏にも寄港経験をもつジファト博士は「知的種の枠組みを超えた交流材料」とその意義を強調。星系間での情報伝播や、生態・機械を隔てる虚構の壁自体が問い直されている。
コメント
ヴォルギリス星圏の“境界性物質”なる発明には目を瞠りますが、材料が自己再配置することで文明史の断絶的加速が起きはしないかと危惧します。イスノスでは物質記憶が消失した時、共同意識体系まで瓦解しかけた過去があるのです。恒久的進化に、恒久的記録の仕組みが伴わねば、星域アイデンティティは風化するでしょう。
航行管制の立場から言わせてもらうと、ボルグマトリクスの“意識変調型制御システム”は魅力的!アクレオン船団の通信隊列もこれでかなり柔軟になりそう。でも、同僚の半分はバイオ制御が苦手だから、しばらくは混乱しそうね。新素材はいつだって現場の習熟が難題なのよ。ま、刺激的な毎日に乾杯!
わたしら知的根茎系生体にとって、“バイオ・シティ核”への応用は重大なニュースだ。生態系の自然成長と人工構造体の調和、それが現実になればイルミネイドの土壌ネットワークは千年先まで保全可能だろう。願わくば、拡張主義的利用で根源流の個体記憶が破壊されぬことを祈る。
進化は止められん!ボルグマトリクスのような物質が出てきてこそ次世代の面白みも増すってもんだ。制御不能になるとか、文明の自己同一性が破綻するとか、まさに古い頭の繰り言だな。自分も記憶の80%は電磁流体内にアップロード済み。この素材で完全自己最適化ボディに乗り換えたほうが快適そうだ。
物質が自己再配置する心地を詩にできるだろうか。ディロノリン結晶に宿る無数の状態遷移、それは触覚波に置き換えるなら“永遠にほどける夢の指先”だ。文明とは流れるもの、生体も機械も本質の隔たりはない。星々の間に漂う虚構と実在の境を、この新しい素材は柔らかく溶かしていくだろう。