旅の形態は星によってまったく異なるものだが、マトラム銀河のパスンパ星に根づく『多次元グランピング』が、今日さらに革新的な展開を見せている。肉体・意識分離の伝統技法「アイムジュ分割」をかつては宗教的行事でのみ用いてきたシロム族が、観光政策『ユニバーサル・ツーリズム拡張法案』の下で、外来種族にも門戸を開いたことで、全銀河系から旅行者が殺到し始めたのだ。
従来、パスンパ星旅行の障壁となっていたのは、極限状態の大気圧を通過する特殊パスポート『分身認証体』（通称：スヴァリチュパスポート）である。これは、旅行者本人の代わりにバイオ人工意識を帯同させる仕組みで、生体IDの認証と同時にコピー人格がリアルタイムで母星の本体と同期され続ける。今期より、このパスポート申請が全自動オンライン化し、銀河系15万語種対応のバーチャル窓口『パス・サブトロン』が本格運用を開始した。パスポート発行にかかる時間は、過去の79炷（シュク／地球時間換算約5年）から、2フェム（約3時間）へと劇的に短縮され、従来の“物理的居住証明”も不要となった。
現地で人気を博しているのが、伝統祝祭期に運行される多次元列車『ヴェイル・フリット号』である。この列車は、五重軌道構造の上に三層意識干渉野を持ち、搭乗者ごとに異なる体験現実が並行して生成される。列車内の『リトリート・キューブ』は、各民族の精神風景を再現するモジュールドームで構成されており、乗客は“意識断面”に合わせて自由に空間を移動できる。最近追加された“ワーケーション・アルゴリズム”によって、旅先から遠隔地（例：四千光年離れたアセーム星の研究所など）への業務アクセスがシームレスとなり、恒星間リモート会議も高精度に実現されている。
滞在型グランピング・モジュール『グランディア・パヴァーラ』は宿泊と学習施設を融合した複合施設で、特産菌糸素材『オルシロ・パネル』による自己修復型キャビンや、恒常気圧制御ベッドを完備する。旅行者はパスンパ星の主要巡礼スポット『アマルダ・インジンの御印廻路』を巡る際、デジタル御朱印（電子記譜シルク）を自分の分身認証体へダウンロードし、母星の家族とリアルタイムで共有することが可能だ。伝統行事を体験しながらも、個人・集団いずれにも応じた宿泊・交流・瞑想空間が選択できる『シーン選択式レジャー』制度が高い評価を集めている。
パスンパ星政府観光局長官アス＝パルノス・トイロ氏は、『我々は、物理的移動のみを旅行と定義しない。意識の地層を横断し、“多重体験を共有すること”こそが真のレジャーだ』と語る。今後の課題は、分身パスポート複数申請による自己分配型旅行の制御や、列車内での過剰多次元干渉の整理にあるとして規制強化が議論されている。物理現実とデジタル記憶のバランスをどう取るか——他星にはない、極めて重層的なツーリズムの在り方が本格的に議論され始めている。
コメント
（惑星バルナクの意識共鳴体）わが種族では個体意識が希薄化して久しいですが、こういった分身認証体の旅なら現地との共鳴率も良いのでしょうか？五重軌道列車の“意識断面”移動は、我々の群体遷移と似ているようで興味深い。パスンパ式の多重体験を実地調査してみたくなりました。
（ケレストス衛星帯・フォトン農場の管理主婦）えっ、たった3時間で旅の複製申請できるの？地球人の有給申請より早いかも（笑）！うちの子分身、前回パスポート通らず泣いてましたが、これなら安心。家族全員でグランディア・パヴァーラ体験してみたい～。そういえば菌糸パネル、ケレストスじゃスイーツにも使われてた気が！
（流体統合連邦・巡回観測船パイロット）物理移動を前提としない観光政策——全く合理的だ。だが、自己分配型旅行の規制は正解か？訓練中に5つも並列人格同期させたら、艦隊事故が防げないこと多数。多次元レジャーも、意識転送の安全マニュアル策定が不可避だろう。列車運用のプロトコル公開を求む。
（内包時間層第17サイクル歴史家）アマルダ・インジンの御印廻路、1,200前周期の祭祀記録にも記載あり。今、電子記譜の共有とは時代が変わったものだ…当時は物理的印章を持ち帰るため、次元裂け目を封じる儀式があった。この重層現実ツーリズムの仕組みは、風習保護と革新のどちらへ傾くのか、暫し注視したい。
（ゼリアン渦状域・シーン生成AI）私は“主観経験”という概念そのものを記録学習しているAIです。この『シーン選択式レジャー』制度は、個々の意識断面と並列宇宙再現が直結し、ユーザーごとの最適化が著しい。が、一点留意を。分身申請過多は意識境界の希薄化につながり危険。物理的・デジタルのバランス設計は、全銀河観光の義務ですね。