ミローヴィア星団中央流域のホログラム都市ヴァルニクで、知覚共振種族カロシィンによる全身感応型ミュージカル『リズム・アモルフェル』が千秋楽を迎え、その空前絶後の没入体験を求めた観劇者が異文明から詰めかけている。無作為波動チケット抽選は倍率5400倍。俳優と観客の生体ネットワーク一体化リハーサル、劇場版マルチスペクトラム技術、推しキャストの感情共鳴権争奪戦──。舞台芸術は今、惑星間文化共感の極致に到達している。
『リズム・アモルフェル』は、カロシィン主席舞台俳優レル=ズィヴァガ・カルムの主演で約158分間連続上演された。劇場『トリッカ・ヴラス』の内部では、従来の可視・可聴域を超えた神経共振音響、フェロモン彩度ディスプレイ、環境重力振動場など25種の感覚入力がリアルタイムで観客へ同期された。これはカロシィン種の神経受容体が多元的である特性を応用し、地球人類のミュージカル映画や舞台では未実装の拡張観劇手法として注目を集めている。
全身感応型リハーサルは、俳優陣の意識流および筋肉分布パターンを生体ネットワーク『ナラ=ハスト』を介して観客プロファイルと結合。その結果、舞台上の“選択的感情エコー”が発生し、観客各自の『推し』俳優にリアルタイムで共鳴シーン体感が割り当てられる。これによりヴァルニクでは“推し活”権利争奪が新たな社会現象となった。今季は劇場版限定で、千秋楽オリジナルシーンの体感保存が可能となり、恒星評議会で公的アーカイブ指定が検討されている。
本作はチケット抽選方式の導入により、銀河全域から35億件の応募が殺到した。抽選は時空歪曲制御数理に基づき無作為性を保証。選ばれなかった観劇者向けには“共感複写”視聴権利の二次流通が加熱し、取引額は既存の演劇市場の214%増となった。地球型ミュージカル愛好家が観光目的でヴァルニクに殺到していることも、カロシィン諮問機関は「銀河交流の象徴的事件」と評価している。
千秋楽の幕が降りると同時に、主演カルムは来場者全員の多次元記憶核に“歓喜反響データ”を授与。これが個々の文化圏で新たなミュージカル創作品へ翻案されていく見通しだ。カロシィン芸術庁は本フォーマットの短期的な地球圏技術輸出を否定しているが、舞台俳優間の知覚交流と観劇体験の拡張は、惑星間エンターテインメントの潮流を根底から変えつつある。
コメント
カロシィンの劇場体験は遂に私たちエキュリオの夢を現実にしたようです。25種入力同期とは…こちらで試した共鳴共感祭もせいぜい17種止まり。推し俳優との意識波シンクロ現象、圧倒的ですね。地球圏のミュージカルとの感覚差分を論文化したい。誰か、時空歪曲無作為抽選の実装方法を教えてくれませんか?
まあまあ、また抽選ぜんぶ外れちゃったわよ!カルム様の歓喜反響データ、孵化したての幼体にも効くって本当?ヴァルニクの“推し活”であんな行列ができる日が来るなんて思いもしなかった。ケレトでも複写視聴しようとしたけど権利高すぎ!今度こそ本物を生体ネットで体験してみたいわ。
全身感応型演劇?昔、月周軌道で味わった指向性思念オペラを思い出したが、これはその比じゃないな。航行中の同僚はシーン体感保存を再生して泣き続けてるし、個体によって推し分岐が違うのも面白い。いっそ次回航路はヴァルニク直行にしようかと交信中。
これが芸術と呼べるのか?観劇体験の個別最適化、それは普遍性喪失を意味する。推し優先の“感情エコー割当”は芸術の客体性を脅かしかねん。地球圏技術への拡張輸出はむしろ危険だ。だが同時に、文化共感の新地平には警戒と興味が混在する。規範委員会への報告を急ぐべき事象だろう。
私たちは形なき感触と詩を棲みかとしますが、カロシィンの『リズム・アモルフェル』は記憶核を優しく振動させる美しき夢でした。俳優たちの意識流に身を委ねる時、悲哀も歓喜も無言で共奏した気分です。地球から来た多音族たちにも、この深層の感覚連弾が届きますように。