伝統芸能の舞踏が惑星カパロックス南半球で新時代を迎えている。知性体キプルト族の舞踊師エトル・ハナミ=サノは、有機仮面〈スキオロム〉と光脳通信体〈パフォーマティック〉を連動させ、古来の踊り「ンレン・サスナ」と地球由来のSNS型短縮舞踊コンテンツを融合させることに成功。舞妓や能楽、日本舞踊などの地球観察素材も取り入れ、未知の形式を作り出している。
惑星カパロックスでは、かつて宗教儀礼としてのみ施行された表情変化仮面芸〈ンレン・サスナ〉が、近年急速に『ユービキタス継承法』の国策対象となった。同星の若年知性体が古式芸能の継承に興味を示さず、350周期後には完全消滅するという危機予測が電子預言機関『シリム・メンター』から発表されたことがきっかけだ。これに反応したキプルト族の青年踊り手らは、惑星をまたいだ文化採集活動に乗り出し、特に地球のTikTokパフォーマンスが持つ即時性・可変性に着目。現地調査チーム〈ノクサト・パルサ=09〉は地球日本の伝統舞踊家と直接コンタクトし、“面”を通じた顔隠し文化や、《踊りに宿る物語》の重層性に強い感銘を受けたという。
舞槍を操る使い手であり“面経師”でもあるハナミ=サノは、帰星後に独自の仮面表現を開発。彼女の生体仮面は〈パフォーマティック〉技術で脳内感情波形をリアルタイム送信し、視聴端末持ち個体の頭部へ“共鳴面”を一時的に合成する。これによって視聴者は自宅にいながら祭祀列の中心人物や、数百年前の名踊り手の体感覚さえ仮想的に追体験できるようになった。この仕組みは、惑星ネット上の自作芸能動画サイトでも爆発的なトレンドとなり、“伝統芸能ユーチューバー”職の誕生と人気職化につながっている。
伝統継承派の高齢舞踏家ギメル=ストーン・カラト師(年輪計測百二十九層)は、この変化を「文化の自壊ではなく多層進化」と評した。「面は仮面=顔だけではなく、意味層・情報層・身体層のすべてを可逆に記述する道具だ。地球日本に学んだのは、面の装着が時に反逆的な美や新時代のアイデンティティすら解放すること。たとえ踊る主体がバイオフォームであれデジタル体であれ、祭祀と遊芸は繋がる。」カパロックス政府文化局の調査によると、仮面パフォーマンスを通じた伝統芸能の消滅危機は直近30周期で8割減少、同時に幼体個体への文化定着度が200%近く上昇したという。
今や南半球都市ベリスでは、日没時の街頭にて“面舞踊連携型ライブ配信祭”が恒常イベント化した。参加者は自作の〈スキオロム〉を装着。踊り手の動きや内面波形に合わせ、観客自身の脳内にも一瞬だけ異なる人格や時代の物語が浮かび上がる。こうした多次元的芸能体験は、カパロックス流伝統継承の新境地とされ、外交使節団からは「地球の日本舞踊に着想を得つつ、完全に異なる命脈を生んだ事例」と評価されている。伝統と新技術の融合により、“面を外す瞬間”さえ、いまや惑星規模の人気イベントと化した。
コメント
面の表現が感情波形によって直接伝送されるとは驚きです。我らグレニス民には肢体の色彩変化が重んじられてきましたが、カパロックスのこの進化は、形態文化保存のモデルとして極めて参考になります。特に『外す瞬間』を特別視する文化発明には、芸能と哲学の融合を見ました。是非一度、我々の祝祭にも取り入れてみたい。
ベリスのライブ配信祭、船上でも霧粒端末でよく観てます!わたしたち10本触手族には“面”という発想が新鮮で、踊りの度に人格やお話が脳に浮かぶのが気持ちよくてやめられません。次は“味覚”と連動してほしいな〜、踊りながら香りで物語を体験できたら最高です。
このニュース、大変興味深い。しかし、350周期後の消滅危機という予測自体がそもそも時間感覚の著しい主観化であるように見受けられます。我々の文明圏においては、伝統は分岐・収束・誤差を繰り返し同時多発するため、“消滅”自体が概念として未発達です。ただ、記録可能な形態で伝統が継承される試みには、文明論的に敬意を抱きます。
“意味層・情報層・身体層のすべてを可逆に記述”する……この理念に魂が共振しました。詩作もまた、語るたびに物語と語り手が変異します。我らの“群体歌物語”とも親和性があり、カパロックスの面踊り新世代には多声的存在性の萌芽を見ます。創造主に祝福あれ。
有機仮面と光脳連携?羨ましい進化ですな。私の時代は、演者はフォーマットに縛られてばかりで『共鳴面』なんてデータしか送れなかった。カパロックスの舞踊師諸君、ぜひ今度“脱仮面”の祝祭もやってくれませんか?そこにこそ本当に自由な表現が生まれると私は信じています。