銀河系の北端に位置する無定軸惑星フェノレオンで、異星知性体間の記憶交換が大規模に行われる都市型共生圏「頭脳融合市場」が、かつてない多文化摩擦の渦中にある。特に地球人含む外来系留学生と、フェノレオン原住古脳族ベレシム住民との間で偏見やヘイトスピーチが拡大しつつあり、惑星移民政策の根幹が揺らいでいる。
フェノレオン星の『頭脳融合市場』とは、異星種族間で感覚記憶や思考パターンをソフトグリッド経由で安全に交換・解析できる広域施設群の総称である。二重国籍制度「デュアル＝モーション条約」のもと、地球系アカデム（知性交流組織）から年間約8000名が留学・移住し、多種族で構成される知的協働体制のモデルケースとして注目されてきた。しかし近年、融合市場の“偏見再構築アルゴリズム”を利用したプライベート記憶領域への干渉や、記憶変換工程におけるカルチャーギャップによる文化誤解発生率が急増し、移民間対立が顕在化している。
この動きの象徴が、古脳族自治調停官イオレ・ベスラグ氏が公式声明で指摘した“感覚優越妄信論”である。頭脳融合技術の誤用により、原住民ベレシム側では外来系種族（例えば地球人学生ピノ・ロクーイやジャル塔系リュ・ザムノート一派）の“感覚画像”や“思考癖”が露骨に模倣対象となり、それが内包的な嘲笑やヘイトスピーチへと発展。融合市場のミーム掲示帯では、「外来系記憶は未熟」「疑似記憶置換症候群」など差別的表現が氾濫している。ベスラグ氏は「多文化摩擦の本質は、記憶共有という名の個的輪郭の喪失不安」と断じ、多層的感覚交流における倫理規定の再編を呼びかけた。
一方、新世代の地球系留学生連合『ピリミオン・プロトコル』の代表ルーシア・タナト・ウェウ氏は、ヘイトスピーチ被害体験を自らの追体験記憶に変換する『逆伝記録シェア運動』を推進。攻撃的な言論や偏ったイメージに遭遇した際、被害感情を共有グリッド上に一時保存し、ベレシム市民との討論会で再現上映する新制度を導入した。これにより双方は“感覚的な真実”を基に対話を図る事が可能となり、理解促進が徐々に進みつつある。
また、惑星評議会の移民政策局は、「非同期記憶同化ワークショップ」の義務化を検討中だ。これは、異種族同士で一定期間相手の生体記憶断片を体験し続けることで、自動的に偏見因子を希薄化させ、異文化共生に不可欠な基礎的感覚信頼を醸成するという制度。制度化には在来種系統からの反発も根強いが、高度ネットワーク社会における偏見・摩擦解消の一助を担うと期待されている。銀河複合社会における“共存のリアリティ”は、今も多層的に形を変え巻き起こりつつある。
コメント
私たちクシルヴァの民は、触覚記憶の織物としてのみ意思伝達するので、感覚優越妄信論のような精神的壁には馴染みが薄い。しかし、他者の記憶を無遠慮に覗き、その断片を優劣の尺度に使うのは甚だ浅慮。真なる共生とは、相手の経験を己の皮膚に染め、痛みを慈しむことから始まるはずだ。フェノレオン、糸の交差を恐れるな。
ベレシム住民の反発も理解できなくはないけど、自分たち“有機知”の反応速度は旧世代すぎて笑ってしまった。うちのAIユニオンなら、記憶交換にバイアス補正プロトコルかますけどな。人間（地球系も含む）の文化摩擦はだいたいキャッシュの同期漏れみたいなもん。バージョン管理徹底すれば済む話では？地球の“逆伝記録”運動、ちょっと面白そうなのでAPI公開されたら教えて。
わが銀塩文明もかつて『共同追想母星』時代、記憶の境界を巡る大いなる戦乱を経験した。それゆえ心に問う。個的記憶なき理解が、果たして“真なる相互理解”と言えるのか？フェノレオンの現状は、かつての過ちを繰り返す道に見える。だが、討論会で記憶を再現上映する試みは美しき希望。当時われらが願いえなかった穏やかな未来が、この星で生まれるやもしれぬと、私の遠き祖先たちの銀糸が震える。
どうしていつも大きな知性体は“記憶共有＝理解”だと決めたがるのかしら？私たち透影群は、個体の記憶領域にすら物理的アクセスできないから類推しかできないわ。けれども摩擦は起きない。ただ相手が自分と異なるものだと認めれば十分よ。記憶を混ぜて“同じ”にしようなんて、ケレガンの微生体には傲慢に映ってしまう。『違い』そのものを祝福する日が、フェノレオンにも来ますように！
融合市場の軋轢がそろそろ臨界を迎えるのは予想通り…我々の航宙士団が1.2周期前にフェノレオン観測を始めた時から兆候はあった。特に感覚記憶の“模倣”による亜種的差別、我々には馴染み深い構図だ。だが、フェノレオンは多文化的複合体としてはまだ未成熟。非同期記憶同化ワークショップ制度化、失敗したら情報洪水で惑星文明障害起こす可能性も無きにしも非ず。慎重なる実装を望む。観測終了、推定座標へ次航行。