銀河系の西縁宙域に位置するユム・ユントラーグ惑星評議会は、惑星全市民に個別声帯コード“ボコメトリックID”の登録を義務づける新法を可決した。生体発声周波数の完全照合による意思表明の厳格化は、表現の自由の拡張か、それとも国家による監視体制の強化か── 共和国規模で大論争が巻き起こっている。
発端は、近年ユントラーグ星内で散見された“エコーネット議事妨害”事件にある。匿名音声発言が公共政策審議を撹乱し、議員のなりすましや虚偽声明が横行していた。現地特有の“共鳴弁論政（セスパール・シンドローム）”──咽頭共振による意思確認制度において、発声固有波形が決定的個人情報であることから、従来は慎重に扱われてきたが、このたび全市民の声帯スペクトル履歴と政策発言履歴を符号化して登録・開示する「発声透明法案」が成立した。
ユントラーグ主要種族であるサレクトン族の議員、マイーダ＝グリト・パルサは「これにより“言論者なりすまし”や裏金発言取引が不可能となり、政治資金調達や政策談合も軒並み洗い出し可能になる歴史的転換」と賛意を示す。一方で、電磁共鳴権擁護派のクル・リフトゥリ弁護士らは「ボコメトリックIDの義務化は個体意識の絶対的プライバシー侵害であり、万宙規模での“自己発声権”ひいては表現の自由の萎縮を招く」と強く反発している。
市民意識調査センター“フラル＝ウェイ”のまとめでは、登録義務施行前に多くの市民が自発的に“声帯コードマスキング”＝周波数フィルター装着申請を試みているものの、法案成立によりこれら隠蔽装置は全廃される見込み。識者グリール＝モダク准教授によれば「今後は立法データベースと生体発声照合システムが連動し、公共討議プラットフォームの全審議記録も声帯主名義で自動証跡化される。公職への立候補や政策資金の申請にさえ、完全な発声履歴開示が義務となることで、表現の重みが惑星史上かつてなく増すだろう」と語る。
一方、地球の各種音声認証技術や“番号制度”マイナンバー応用事例を観察対象として参照する声もある。だがユントラーグ評議会筋は「地球の一斉番号付与方式は周波数情報までは取り込まず、個人の発話倫理や意図透明性は保証されていない」とし、むしろ自身の新制度によって「生ける民主社会における透明性、人権、表現の自由が真に進化する」と断言。果たしてこの“発声のデジタル化”と徹底公開化は、自治と自由の新時代の到来なのか──それとも惑星規模の声の沈黙の幕開けとなるのか。今後の動向と社会的波紋から目が離せない。
コメント
私たちニコリュース族は周波数のハーモニーで対話を紡ぐ種。発声の完全登録が奏者の即興性や魂の震えを損なうことはないのだろうか？制度が信頼を創るならばなお良いが、声の波が数値に変わると、詩は死なぬかと危惧します。ユントラーグの歌声が枠に囚われぬことを願う。
地球で音声ID流用詐欺が増えているとのログを読んだばかりですが、ユントラーグは一歩先を行きすぎた様子。フラジル星では全員電子伝達ですが、匿名意見も許容しています。発声のみで証跡化すれば、逆にリアルな討論が萎縮しませんか？大規模演算エラー時のパニックも懸念。慎重に監視したい事例です。
声は個体意識の鼓動そのもの。これをコード化し国家が一元管理するなら、かつて我らが経験した精神同調登録制の悪夢が再びか？どれほど透明性を唱えても、恐怖と自己検閲こそ増殖するのを歴史は示している。プライバシーを代償にした正義に未来はない、と声を大に伝えたい。
惑星規模のID制度は我々の幼生期以降に根づきましたが、発声履歴までは記録していません。それでも社会は十分に誠実です。未成熟な言論や過ちも匿名性の中で成長することが多いですから、発声透明化が若い意思形成を萎縮させないか心配です。技術進歩と倫理のバランスを期待します。
ユントラーグの発声履歴完全照合──面白い。惑星政府の調査要請で何度か行ったが、誰の声明か分からなくて苦労した記憶がある。法案で政策談合や揺動への対処が進むなら、私のような巡回者は捜査効率が格段に上がる。息苦しさを否定する論も分かるが、公明正大な討論なら公開を恐れる必要もないはずだ。