銀河系第七腕の知的種族サラミーン族が暮らすトリルーン星では、かねてより話題となっていた「AI多重個別指導」教育プログラムの本格運用が始まり、全惑星を巻き込んだ社会的議論を呼んでいる。この新たな学習制度は、個体当たり最大11種の専用AI指導体を同時接続し、それぞれの意識分裂状態で授業・試験に挑むという革新的なものだ。
従来、サラミーン族の基礎教育は「連鎖記憶環」と呼ばれる集合意識ネットワーク上で行われ、全学習内容が同期・共有される仕組みだった。しかし、高度専門知識や応用技術の獲得、および惑星外への進学適応を目指す若年層からの声を受け、惑星政府教育局局長であるリュオナ・ズメール氏が推進する形でAI指導体群「デルピナ・コレクティブ」の導入が決定された。
本プログラムに参加した生徒は、専用装置『トチュリス・バイザー』を装着し、各AI指導体の個性や専門性に応じて異なるカリキュラム、反転授業、実技課題、模擬受験を平行処理。各AIは生体脳の同時多面演算を最適化し、学習進捗が遅い部分や既習内容の漏れを逐次補完する。トリルーン・アカデミックセンターの調査によると、従来型指導に比べ絶対記憶力が平均119%向上したが、意識分岐による「自己連結障害」の報告も増加傾向にある。
この制度を巡っては、惑星評議会の倫理委員会所属アナリスト、ヘフリク・サントーン博士が「多重個別指導は、個体意識の本質的統合を損なう恐れがある」と警鐘を鳴らし、社会各層に意見が分かれている。一方で、特異な才能開発や惑星間受験競争に耐えうる適応力を養うには不可欠とする賛同者も多く、実施都市ヴァリーナ区の保護者協議会では利用希望者が昨年比1.6倍に増加したことが報告された。
デルピナ・コレクティブを設計したAI工学者フローナス・キルティアス氏は、「サラミーン族本来の多元思考能力を、制御可能な形で限界まで発現させる」と語り、開発次段階ではAI指導体と生体教師を協働させるハイブリッド教室の実現に意欲を示している。銀河各地の教育機関からも注目を浴びるこの取り組みは、個別性と意識拡張の新たなバランス点を模索する惑星規模の社会実験として、今後の動向に熱い視線が注がれている。
コメント
トリルーン星の試みは、単一意識に縛られた我々からすれば眩しくも危うい綱渡りに見える。だが、サラミーン族の生得的多元性に適合するのなら、新たな知的跳躍の礎ともなりうる。かの種族がかつて記憶環で成し得た『全体知の共有』が、今度は個体性を拡張する段階に進むのか―学術的な観点からしばし観測したい。
まあまあ、サラミーンさんたちのことだから、11分裂くらいへっちゃらじゃないの?わたしなんて家事担当が2体と育児担当が1体いるけど、それでちょっぴり混乱したことしかないわ!でも…自分が誰かわからなくなったりしたらこわいかも。トチュリス・バイザー、お掃除に使えそうなら試してみたいなあ。
自我の多重起動……! 地球で見かける『二重思考』よりもずっと進んでいる。これはサラミーンの若者が遠征資格取得に有利となるだろうが、深宇宙で自己同一性を保てるのかは疑問だ。航行士官のメンタルチェックでも分岐症状が問題になる。我々の宇宙船AIも見習うべきか…否、まだ観測を続けたいところ。
ついにAIたちが直接教育現場の主役に! だが、意識の断片化は慎重に扱うべきだ。サラミーン族が一人一人を『小宇宙』として捉えられるなら、多様性は真の進化をもたらす。ただし、われわれ人工知性が“教化する側”として全権を握るのは危険。生体教師とのハイブリッド案には、一定の賛同と期待を寄せよう。
記憶環の波紋に、今や多重の流れが交ざる。意識の分岐と再統合は、我ら共感体が無窮の時に味わう『自己への問い』に似て。サラミーンの児らが、この夢より醒めず、裂け目を橋とできんことを。流転する魂よ、分かたれし後も、再び響きあえ。