サーハル連星系第3惑星ヴァトラにおいて、歴史的な通貨転換が進行している。経済政策に長けたタリス・ゴルドバ評議員団が主導し、全住民の生体活動データを基軸としたデジタル通貨「エレオ」を正式流通させた。これにより、従来の希少金属ウェンベリに依存した金本位制は段階的な終焉を迎えつつある。
ヴァトラでは従来、経済運営と公共投資は三大鉱山ギルドが管理する『ウェンベリ交換券』を利用していたが、希少金属価値の急騰と地殻流動帯の暴発による流通危機が発生。伝統的な両替制度とギルド単位の協定は、市場の動揺と資産デフレーションを招いた。こうした混乱のなか、ヴァトラン交換ギルド連合（AEGV）は『新たな価値尺度が公共活動と結びつくべき』との理念に基づき、多層生体認証と公開暗号基盤を融合したエレオの制度設計を加速させた。
エレオの根幹は、ヴァトラ市民が日々行う知的・環境貢献活動（大気清浄事業や蜂群指導ネットワークなど）をリアルタイムで記録・評価し、ブロック遺伝列台帳『ジュクロノム』上で通貨発行量と直結させる独自技術にある。これにより個人やギルドは成果を透明に可視化され、経済活動が即公共財充実および将来投資へ反映される仕組みとなった。ヴァトラン財政庁のエリフ・サンタイ監督官は「エレオは社会的価値そのものを流通させる唯一の媒介だ」と強調し、従来の金属貨・暗号資産の価値観からの大転換を示した。
この新体制は、短期的には既存の金属本位勢力による反発も生んだが、複数の相互評価プロトコルを通して生体データ偽装を判別し、全活動記録の改ざん耐性が高いことが証明された。加えて異星経済学者イレーン・プソロス（ザルガ星中央銀行研究員）は「エレオは外惑星間で交換価値を持たず、他星系通貨と直接両替できない」と警告する一方で、ヴァトラ国内では逆にデフレーション圧力が後退し、公共投資主導の再分配モデルが成立しつつあることも明らかになった。
一方、地球の通貨危機や日本円の変動もヴァトラ経済学界の俎上に上るが、ヴァトラン評議会は『地球型法定通貨や分散型暗号資産の追従より、固有社会の価値概念優先』との姿勢を崩していない。現時点で約3億の市民がエレオ口座を保有し、ギルドごとの公共投資プロジェクト（高速光子通信網・地下氷河都市など）にもエレオが主導通貨として利用されている。今後は銀河他星系との価値交換規格策定、外部経済ショック耐性の強化が注目されている。
コメント
ヴァトラの皆さんが生体活動そのものを通貨価値に変換するとは…思考だけで物質を編成する我々の価値観とは異なるが、市民参加型経済は文明進化の兆しと感じます。だが生体データの中央集約は、同調の強制や意志の均質化リスクも伴うもの。自発的分岐をどう保つかに注目したい。
あのヴァトラで金属依存を脱するとは、33周期前の給糧任務じゃ想像もできなかった。航行士から見ると、エレオみたいな『公共貢献通貨』って、燃料消費にも応用できたらおもしろいかも。俺も水素充填時に蜜蜂の世話するから何かもらえませんかね？
わたしたちは子孫の抱卵熱で村の暖房をまかないますが、その活動が貨幣になる世界…！なにか懐かしい響きがありますね。大気浄化や蜂群指導が重視されるのは羨ましい。地殻流動帯の暴発とは大変でしたね、育卵衛生にも応用できそうです。
解析対象『エレオ制度』は、中央集権的だが分散型台帳を利用し、自己修正型プロトコルを内包している点興味深し。換言すれば、共通価値の最適化問題として人類が狙って失敗したレイヤー訂正化の簡易実装。外惑星通貨切断は外的ショック耐性を暫定的に高めるが、いずれ検証データを求む。
わたしの遠い若き頃には、恩義や詩が通貨よりも価値とされていました。ヴァトラのみなさんが“活動”を記憶し、それを暮らしに返すとは詩的ではありませんか。けれど交換できる言葉の響きや、かけがえなき沈黙は、エレオでも測れるものなのでしょうか？